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第77話

 教育実習の休憩時間、美緒は空いている教室に愛を呼び出した。


「で? 相手はどんな男でしゅか。頭の皿は大きい? 水掻きは? キュウリあげるから答えなさい」


 愛が眉を寄せて美緒の頬をつねる。

「うちの種族馬鹿にしてるの?」

「めっほうもごらいまへん、いひゃい、いひゃい!」

「……彼は人間よ」

「ふぇ?」

 美緒から手を離し、愛は髪をかきあげた。

「人間なの」

「へー! そうなんだ。で、どうするの?」

「迷ってる」

 愛の言葉に、美緒が首を傾げる。

「何で?」

「佐倉みたいに、あきらかな変態じゃなくて普通の人だから、いいのかなって」

 美緒は腕を組んで頷いた。

「ふーん、なるほど。ところで出逢いはどこで?」

「…………」

 愛が視線を逸らす。

「あれ? どうしたの、愛ちゃん」

 フゥッと息を吐き、愛は渋々答えた。

「夜、川で泳いでいたら、溺れていると勘違いされて彼に保護されたの」

「……は?」

 美緒がポカンと口を開けて愛を見る。

「愛ちゃん、本当に?」

「何で嘘吐かなきゃいけないの?」

「いやあ、ガードの堅い愛ちゃんとは思えない馬鹿っぷり」

「悪かったわね!」

 人間に捕獲されることを常に警戒している愛を知っている美緒としては、それは信じられないようなミスだった。

「相手は愛ちゃんがハーフだって知ってるの?」

「見られたから、そうね」

 美緒が目を見開く。

「見られた!? どこを!? あ、愛ちゃんたらふしだらな! そんな子に育てた覚えはありません!」

「何もしてないわよ! ……まあ私のことはいいから、あんたの話をしましょう。見合いするんだって?」

 愛の言葉に美緒は驚いた。

「あれ? 何でお見合いのこと知ってるの? テレパシー?」

「優牙に聞いたのよ。で、どうするの?」

 美緒が肩を落とす。

「あうー……どうしましょう」

「してみれば、見合い」

「何ですと!?」

 大袈裟に身を引く美緒に、愛は肩を竦めて言った。

「だって、最近ぎこちないじゃない、あんた達」

「う。鋭い指摘」

「一度違う男にも目を向けてみたら?」

「うう……でも」

 美緒が頭を抱える。

「じゃあね」

「え、ちょっと待って! 愛ちゃん!」

 話は終わったとばかりに愛は教室から出て行き、残された美緒は頭を掻き毟った。

「はうぅ! どうすればいいのー!」

 美緒が叫ぶ。すると――、教室のドアが開き、予想外の人物が現れた。


「え!? ヨシヨシジュニア?」


 それは三好の息子の吉樹だった。吉樹が笑いながら教室に入ってくる。

「やっぱり美緒ちゃんだ。どうしたの? 廊下まで声が聞こえていたよ」

「ジュニアこそ、どうしてここに?」

 驚く美緒に、吉樹は手に持っている小さな鞄を見せた。

「父さんにお弁当を届けにきた」

「ふーん、そうなんだ」

 頷く美緒に、吉樹がもう一度訊く。

「で、こんなところでどうして叫んでいたのかな?」

 美緒は真面目な顔で答えた。

「人生の難しさを痛感していたんでしゅ」

「そっか。悩みがあるなら、お兄さんが相談に乗ってあげるよ」

「ジュニアが?」

 吉樹が笑顔で頷く。美緒は俯いて顎に手を当ててうーんと唸り、それから顔を上げた。

「じゃあちょっとだけ。彼氏と微妙で見合いが困った」

「なるほど、それは悩むね」

「嘘! 通じた!? テレパシー!?」

 吉樹が声を出して笑う。

「彼氏って、こないだうちに美緒ちゃんを迎えに来た、あの人間だよね」

「うん」

「人間と人外は難しいよ。うちの両親は仲いいけど」

 三好の妻の姿を思い出し、美緒は呟くように言う。

「鳥と仲良くできるって凄いでしゅ」

「天狗だよ。うん、でもやっぱり人間と人外で上手くいくのはごく僅かだよ。人間と駆け落ちして傷ついて帰ってきた子って多いから」

 美緒が眉を寄せた。

「そうなの?」

「うん。種族の壁を越えるのは難しいんだよ」

「…………」

 俯き黙り込む美緒。そんな美緒をじっと見つめ、吉樹は口を開いた。


「美緒ちゃん、俺にしない?」


 突然の思いがけない言葉。美緒が顔を上げ、ポカンと口を開ける。

「は?」

「俺はハーフだけど人外の気持ちは分かるし」

 吉樹が美緒に一歩近付く。美緒は思わず後ろに下がった。

「な、何言ってるんでしゅか」

「実は、前々から美緒ちゃんの話を父さんから聞いていて、気になっていたんだ。実際会ったら可愛かったしね」

 吉樹がもう一歩近付く。

「い、いや、そんなこと急に言われても」

「美緒ちゃん、将来俺と結婚して子供が生まれたら、翼の生えた狼――翼狼が生まれるかもしれないよ」

「え? よ、よくろう?」

 戸惑う美緒に、吉樹は顔を近づけ視線を合わせた。

「想像してごらん、空を自由自在に飛ぶ狼を」

「空を飛ぶ狼……」

 美緒の頭に、大空を飛び回る狼の姿が浮かぶ。

「は、はう!」

「ね、いいだろ?」

「……いい! 素敵!」

「だから、俺と付き合おう」

 吉樹の顔が更に近付き、そして――。


 ガラガラ、ドン!


 教室に響く大きな音。美緒は飛び上がり、音のした方向に視線を移す。そこには――。


「れ、蓮君!?」


 蓮が、無表情に美緒と吉樹を見つめていた。

「何をしていたんだい?」

 蓮が淡々と訊く。

「え、いや、えーと……」

 視線を彷徨わせる美緒。吉樹がそんな美緒の肩をポンと叩く。

「じゃあね。考えておいて」

「あ! ジュニア!」

 吉樹は蓮の横を通り、教室から出て行った。

「美緒、休憩時間は終わりだよ」

「う、うん」

 美緒が慌てて蓮の元に走る。

「で? 何をしていたんだい?」

「…………」

「美緒」

 低い声に殺気を感じ、美緒はビクリと震えた。

「……じ、人生の厳しさについて語り合っておりました」

「ふーん」


 本当のことを言ったら、何が起こるか分からない。


 美緒の背中に冷や汗が流れた。



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