第76話
「どうすればよいのでござりまするか」
ベッドに寝転んで本を読んでいた優牙は、傍らに座り込む美緒をチラリと見て、また視線を本に戻した。
「知るか。俺の部屋から出て行け」
美緒が俯き、涙を拭うまねをする。
「ああ冷たい。そちはほんに氷の男ぞ」
「なんだよ、その良く分からないキャラは。見合い相手に会うだけ会えばいいだろ?」
優牙がページを捲り、美緒がフッと溜息を吐いて遠い目をした。
「会えば最後、強引に話を進められて結婚させられるんだよ」
「大体俺じゃなくて、奴に相談すれば?」
「…………」
途端に無言になった美緒。優牙は眉を寄せて本を閉じ、ベッドの上に座った。
「仕方ねーな。じゃあ愛に相談しろ」
「愛ちゃん……」
美緒は少し考えて、首を傾げる。
「最近の愛ちゃん、付き合いが悪いって言うか何か変って言うか、避けられているって言うか、ぶっちゃけあんまり電話にも出てくれないんだよね。どうしたんだろ?」
「嫌われてんだろ?」
「ええ!?」
目を見開く美緒に、優牙は口角を上げた。
「嘘だよ。出来たばっかの彼氏に夢中なだけだ」
「へー、彼氏か。そうか彼氏……」
彼氏彼氏と呟き、美緒はその意味を漸く理解して叫んだ。
「え!? マジですか!?」
美緒が驚愕のあまり、後ろによろめく。
「マジだ」
「……し、親友が黙って彼氏を作った……」
まさか、そんなはずはないと首を振る。
「お前にばれるとうるさいからな」
「…………」
暫く呆然と中空を見つめ、それから美緒はベッドの上に飛び乗り、優牙に詰め寄った。
「どんな男でしゅか! まさか優牙?」
ゴツン!
優牙の拳が美緒のこめかみを叩く。美緒が倒れた。
「何で俺なんだよ。ありえねえ」
「うう……。だって仲いいじゃない」
「よくねえよ。ただの腐れ縁だ」
「じゃあ誰?」
優牙は枕元に置いていた携帯電話を掴み、愛に電話を掛けて美緒に渡す。
「自分で訊け」
「…………」
受け取った電話を耳に当てる美緒。コールすること五回、電話が繋がった。
「彼氏が出来たって本当でしゅか!? 私の目の黒いうちはそんなこと認めない――あう!」
優牙の蹴りが美緒の腹にクリーンヒットする。
「うう、痛い。もう駄目かも。せめて最期はそなたの腕の中で――え? 彼氏じゃない? ……うん、うん、分かった。じゃあ明日」
電話を切った美緒は、それを優牙に返しながら、眉を寄せた。
「交際申し込まれただけだって」
「ふーん」
優牙が片眉を上げる。
「私の愛ちゃんに交際を申し込むとは、何処のどいつだろう? 明日愛ちゃんを尋問するでしゅ」
力強く頷く美緒に優牙は鼻を鳴らし、シッシと手を振った。
「そうか、それは良かったな。じゃあ部屋に帰れ」
そんな優牙に美緒はしがみ付き、涙を拭うまねをする。
「ああ冷たい。そちはほんに氷の男ぞ」
「だからそれは何なんだよ!」
美緒は優牙の部屋から追い出された。