番外編「姉ちゃんと変態と巻き込まれた俺」
73話付近のお話。
夕飯の仕込み中、突然開いた玄関のドアとドカドカという音。
……土足で家に上がってきやがったな。だけど、この足音は姉ちゃんのものじゃない。
「優牙君!」
姉ちゃんの馬鹿が移ったのか?
「靴を脱ぎやがれ!」
俺が投げたお玉を奴は華麗に避けて、叫ぶように言った。
「美緒は!?」
真剣な表情。おいおい、なんかあったのか?
「一緒じゃないのか?」
「……戻ってないんだね」
伏せられた瞳と噛みしめられた唇。
「……なにがあった?」
「飛び出して行って」
「喧嘩か?」
「…………」
当たりか。飛び出していったきり見つからないんだな?
「何処に居るか分からないかい?」
俺は舌打ちをした。仕方ねーな。
「靴を脱いでちょっと来い」
大人しく靴を脱いだ奴を連れて、俺は二階の自分の部屋へと行く。そして机の引き出しから小さな鍵を取り出し、奴に向かって放り投げた。
「屋根裏にある自転車を庭に出せ」
頷いて去っていく背中を見送り、俺は服を脱いだ。
一瞬、身体が溶けるような感覚があり、そして変化をしていく。
本当は奴の前でこの姿にはなりたくなかったんだが……。
完全に狼になった俺は、軽快に階段を降り、奴が待つ庭へと行った。
足音に気付いて奴が振り向く。
「美緒!?」
奴は目を大きく見開き、俺に飛びついた。
「やめろ、変態! 俺だ!」
撫で回すな気色悪い!
「優牙……君?」
「そうだ」
「……すごい、そっくりだ」
そう言いつつまだ俺を撫で回す手を、強めに咬む。
「――っ!」
「行くぞ。自転車で付いてこい」
俺は走り出し、奴が慌てて自転車に跨る。微かな匂いを頼りに、姉ちゃんの行方を追った。
◇◇◇◇
何処まで行ってやがるんだ、あの馬鹿は!
自宅からも奴の住むマンションからも、そこそこ距離がある場所までやってきた。
姉ちゃんの姿はまだない。そして――気になることもある。
俺は空中の匂いを嗅いだ。
妙な匂いがする。
姉ちゃんと一緒にいるのか。
気になりつつも進んでいくと、今度は知っている匂いがした。
おいおい、どうなっている?
俺は足を止め、目の前のマンションを見上げた。
「優牙君、ここに……?」
頷き、俺は唸った。
「ああ、連れてこられたみたいだな」
まったく、何をやらかしてくれるんだ、姉ちゃんもこの変態も。面倒なことにならなきゃいいけどな。
俺は大きく息を吸い込んで、遠吠えをした。