第71話
「えーと……」
夜、美緒は蓮のマンションで、生徒について覚えたことをノートに纏めていた。
あれから週に数回は教育実習という名目で、夜呼び出されている。
美緒達は何とか頑張って、十組の生徒達に慣れてきていた。
「ハルちゃんは二口女だから早弁に注意。小人の木本君は小さいから踏まないように。それからえーと、一反木綿は図工と習字の時間は汚れないように、人魚と半魚人は干からびないよう注意……」
美緒がペンを置いてテーブルの上に突っ伏す。
「うー! まず生徒の特徴を覚えるのが大変だね」
愚痴を零す美緒の頭を蓮が撫でた。
「小学校から高校までだからね。それに幼稚園も今度手伝いに来いって言ってたな」
美緒が「え!?」と顔を上げる。
「幼稚園まで?」
「うん。人手不足だって」
「…………」
大きな溜息を吐いて美緒は項垂れた。
「そりゃ先生達も病気になるよ。はぁ、疲れた」
そして床に寝転ぶ。
「先生になるのは大変だね。早まったかな?」
蓮が美緒の顔を覗き込んだ。
「じゃあ、やめるのかい?」
「う。それはそれで勿体ない気もする」
美緒が手を伸ばし、蓮が美緒を抱き上げる。
「でも、さすがに僕も疲れたよ」
美緒が目を見開いた。
「あれ? 弱気発言なんて珍しい。じゃあ元気にしてあげる!」
そう言った直後、美緒の口が尖り、毛が生え、耳と長い尻尾が現れる。
「美緒!」
「うげ! 苦しいよ」
狼に変身した美緒に、蓮はキスをする。
「…………」
美緒はふと、先日のドッヂボールの時のことを思い出し、蓮の身体をベタベタ触った。
「何?」
首を傾げる蓮に、美緒が訊く。
「ねえ、鍛えてる?」
「まあ、少しは」
「ふーん」
肉球で胸や腕や足を触る美緒に、蓮が眉を寄せる。
「あまり触らないでほしい」
「何で?」
「……美緒、僕の理性を試しているのかい?」
そっと押し倒され、美緒の胸は高鳴った。
「え、あ、蓮君……ちょっと……」
口では拒否しつつも、心の中ではそろそろそういう関係になってもいいと思っていた。
美緒は人型に戻り、蓮の首に腕を絡める。
「蓮君……」
「…………」
蓮がスッと美緒の身体から離れた。
「美緒、ケーキでも食べる?」
立ち上がり、キッチンへと行く蓮。そんな蓮の背中を、美緒は呆然と見つめた。
「……何で?」
美緒が呟く。
「え? どうしたんだい?」
笑顔で振り向く蓮。わざととぼけているのは美緒にさえ分かった。
「まだ……駄目なの?」
もう何年も付き合っているのに、無理なのか。
「美緒……」
「どっちも私なのに……」
美緒の目からポロポロと涙が零れる。
「美緒……」
「据え膳食わぬは男の恥ー!!」
馬鹿、最低、ド変態――。
美緒は叫びながらもう一度狼に変身して、マンションを飛び出した。