第70話
「うげえ! やっぱ鬼は反則……!」
腹にめり込んだボールが床に落ち、コロコロと転がった。
美緒が口元を押さえて跪く。
「アウトー! 大上、外野へ」
三好の非情な声が体育館に響いた。
「うぅ……冷たい。ドッヂボール恐るべし」
ドッチボールをしたいという鬼の子の要望に応え、三好は四時間目の授業を体育館でのドッチボールに変更した。
三好曰く、たまには生徒達に息抜きをさせることも大事らしいのだが、美緒にとっては命懸けの遊びだ。
ヨロヨロとしながらコートの外へと出る。すぐに再開される激しい球の応酬。
そんな中、人外相手に普通に楽しんでいる蓮と優牙が、美緒には信じられなかった。
「優牙はともかく、蓮君は凄いなぁ」
思わず呟くと、すぐ傍から声が返ってくる。
「人間なのに、ホントね」
「あう、愛ちゃん苦しい」
試合が始まってそうそうにボールに当たり、それからずっと外野にいた愛が笑った。
「馬鹿ね。こういう時は、わざと軽く当たって外野に行けばいいのよ」
「う、悪知恵」
愛が美緒の腕を引き、少しだけコートから離れる。
「努力してるんじゃないの?」
美緒が「ん?」と愛を見た。
「佐倉よ。鍛えてるんでしょうね、身体」
「うーん、そうなのかな?」
曖昧な返事に、愛が眉を寄せる。
「ねえ、まさか佐倉の裸を見たことが無いとか?」
「まあ! 愛ちゃん破廉恥な!」
「真面目に答えなさい」
愛が美緒の頬を引っ張った。
「いひゃい、いひゃい!」
「あんた、彼女なんでしょ?」
美緒から手を離し、愛は長い髪を掻き上げる。
頬を押さえて美緒が答えた。
「うーん、裸ねぇ。見たことあったっけ? 覚えが無いなあ。蓮君とは清い交際してるからね」
「……何年付き合ってるのよ」
あきれたように言う愛に、美緒が首を傾げる。
「変?」
「変――と言うより意外」
「そうかなぁ。あ、ボールがきた」
外野めがけて飛んでくるボールを、美緒は取ろうと手を伸ばした。
「キャー……ッチ!?」
しかしボールは目の前で突然消える。コート内にいる緑色の髪をした女生徒がニヤリと笑った。
「マ、マンドラゴラの触手も反則……!」
緑の髪――正確には葉や触手を巧みに操り、マンドラゴラの子はボールを投げる。
「うー! ちょっと悔しい!」
頬を膨らませる美緒を愛は笑った。
「じゃあ、美緒も変身して頑張れば?」
「変身! そうかじゃあ……って、よく考えたら狼の姿でどうやってボールを投げればいいの?」
「あら、そこに気付いた? 偉い偉い」
頭を撫でられて美緒が眉を寄せる。
「愛ちゃん、馬鹿にしてましゅね?」
「褒めてるのよ」
クスクスと笑う愛を睨みつけ、美緒は味方コートの生徒に大きな声で命じた。
「行け、かまいたち! 突風攻撃だ!」
ビシッと指差した美緒の頭に靴が飛んでくる。
「こら大上! 変なことを教えるな!」
三好の怒りの声。
「うぅ……。何も靴を投げなくても……」
蹲る美緒に愛が呟くように言う。
「あ、美緒ボール」
「え?」
顔を上げた美緒を、鬼が投げたボールが直撃する。
「……だから鬼は反則だって。愛ちゃん、後は頼んだ……」
パタリとわざとらしく倒れた美緒に、愛はやれやれと肩を竦めた。