第69話
授業中は驚くほど大人しくしていた生徒達だが、休み時間になると、我先にと実習生である美緒達の元へと駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん! 僕の友達、浩介だよ」
翔哉が蓮に紹介したのは長い首の男の子、『ろくろ首』と呼ばれる妖怪だった。
「こんにちは。宜しく」
蓮が微笑むと、浩介は照れたように笑ながら首を伸ばした。
その隣で大きなトカゲ――『リザードマン』と呼ばれる人外の子供が優牙に訊いた。
「人間?」
優牙は親指で蓮を指す。
「こいつだけ人間」
「へえー、そうなんだ。お兄ちゃん人間に見えるのに」
話しかけてくる子供達に答えていると、三好がやってきた。
蓮が美緒の腕を引いて、話の輪から抜け出す。
「生徒数は意外と多いんですね」
三好が頷く。
「学園には全国から生徒が集まるからな。寮も完備されていて、人外の親が安心して子供を任せられる環境が整えられているしな」
「寮? どこにそんなものあるんですか? そもそもこの校舎も敷地内のどこにあるのですか。何となく位置は分かるのですが、そこに校舎らしきものがあった記憶はありません」
「そこらへんは、上手く分からないようしてある」
「どうやって?」
「内緒だ」
蓮は片眉を上げて、視線を優牙と愛に群がる子供達に移す。
「授業は夜間行われるのですか?」
「現在は主に夜間だ」
「見つかって騒ぎになるのを避けるには、やはり夜間の方が都合がいいからですか?」、
「そうだな。自宅から通学している子も多いし、そうなると夜間のほうがいい。だがそれだけではなく、教師不足から夜間にやらざるを得ないという状況でもある」
蓮は「ふーん」と言って顎に手を当てた。
「人外と一口に言っても、所謂妖怪から未確認生物、伝説上の生き物までいろいろ揃っていて、なんでもありな雰囲気ですね」
「節操が無いでしゅ」
話に割り込んできた美緒の頭を三好が撫でる。
「どんな種族も受け入れる、というのが理事長のお考えだからな」
「なるほど。先生、一人だけ人間っぽい子が居ますね。あの女の子」
蓮が指差した子を見て三好は笑った。
「ああ、子ダヌキだな。まだ長時間化けることができないから十組にいるが、あの子の兄は高三でクラスメイトだった金城だぞ」
その言葉に驚いたのは、蓮ではなく美緒だった。
「え!? 金城君タヌキだったの!?」
蓮が苦笑して美緒の鼻にチョンと触れた。
「気付いてなかったのかい?」
「れ、蓮君は知ってたの?」
「僕は美緒の正体を知ってから、注意して生徒達を見ていたからね。タヌキだとは知らなかったけど、何となく人間ではないかなと思っていたよ」
「うう……。素晴らしい洞察力」
三好は笑って美緒の頭をクシャクシャと撫でた。
「これからはしっかりしてくれよ。教師陣は新戦力に期待しているんだからな。それにボーっとしていると、うっかり喰われてしまうおそれもある。気を付けろ」
「…………」
美緒が蓮の袖を掴んで呟く。
「もしかして、この道に進むと決めたのは早計だったかな?」
「じゃあやめる? 中途半端は危ないよ」
見上げると、真剣な表情の蓮と目が合った。
少しだけその目を見つめ、美緒は首を横に振る。
「やる」
蓮が口角を上げた。
「そう」
三好が息を吐いて二人から離れる。
「じゃあ頑張ろう」
「うん」
大きく頷く美緒。微笑みあう二人。その時――、近付いてくる生徒に気付き、蓮が顔を上げる。
大柄な子供が美緒と蓮の前に立った。
「先生! 次の休み時間にドッヂボールやろうよ!」
子供を見た美緒の顔が引きつる。
「……ドッヂ? えーと、素敵なツノが生えた君は何の種族?」
「鬼!」
「……おおぅ、それはまたデンジャラスなドッヂになりそうだね」
蓮が鬼の子に微笑む。
「いいよ。後でね」
鬼の子は「やったー!」と叫んでピョンピョンと飛び跳ねた。
「ほら、次の授業が始まるよ」
蓮に言われて鬼の子が席に戻る。
美緒が大きな溜息を吐いた。
「骨折の予感」
「そうならないように必死に逃げないとね」
「うぅ、初日からキツイ……」
三好が黒板の前に立ち、二時間目の授業が始まった。