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第65話

「私、先生になろうと思います」


 放課後、三好の研究室を訪れた美緒は開口一番そう言った。

 三好が片眉を上げる。

「ほお、理由は?」

「簡単に尊敬されて気分がいいから――痛いでしゅ先生。馬鹿になったらどうしてくれるんですか」

 分厚い本で頭を叩かれた美緒が涙目で三好に抗議した。

「ふざけるな。不純な動機で教師を目指すな。率先して学級崩壊させる奴が教師に向いているのか?」

「向いているかいないかはとにかく、多少やる気になったんだからよしとしましょう。駄目だったら結婚という逃げ道もある――痛いでしゅ」

 もう一度頭を叩かれて美緒が蹲る。

「うぅ……、一度ならずも二度までも」

「で? 本当の理由は?」

 美緒が頭を擦りながら立ち上がり、眉を寄せた。

「うーん、本当の理由と言われても……。今出来ることをまだやろうかなと。それと『手に職』……ですかねえ。頼ってばかりではなく引っ張っていけるように。それに将来破局したとしても自分の足で踏張れるようにしとけばダメージも少ないかなーなんて。人に何かを教えるというのはなかなか新鮮で面白い体験だったし、子供は可愛い。この学園は職員不足で困ってるから就職も簡単そうだしねえ」

「この学園の教員採用試験は激ムズだぞ」

「おぉう、しまった。読みが甘かったか」

 どうしよう……と顎に手を当てて悩む美緒の姿に三好が溜息を吐く。

「まあ、やってみろ」

「はいぃ……。そうでしゅね。じゃあさようならヨシヨシ先生」

 美緒が三好に手を振って研究室のドアを開ける。するとそこには蓮がいた。

「あ、蓮君。迎えに来てくれたの?」

 微笑み美緒の頭を撫でる蓮。

「帰ろうか。ああ、先生」

 蓮が三好に視線を移して口角を上げる。

「僕の進路希望、悠真の教育学部に変更でお願いします。エサに誘われ罠にはまることにしました」

 トゲのある言い方に三好は苦笑しながら右手を上げた。

「了解」

 美緒が目を見開く。

「え?」

「帰ろう」

 蓮に手を引かれ、美緒は一歩踏み出した。





 月日は流れて卒業式――。

「うぅ……。悲しいねぇ」

 式終了後の校舎前、ハンカチで涙が一粒も出ていない目を拭う美緒に蓮は苦笑した。

「大学も同じ敷地内じゃないか」

「おぉう、クールでしゅ。雰囲気を楽しむ心を大切にしようよ。あ、ヨシヨシ先生ー!」

 美緒が三好に向かって走る。

「ヨシヨシ先生ー! 寂しいよう」

 三好は微笑んで美緒の頭を撫でた。

「元気でやれよ」

「うん」

「勉強しろよ」

「うん」

「教授に迷惑かけるなよ」

「うん」

「佐倉が好きか?」

「うん!」

「……頑張れ!」

 美緒と三好がガッチリ抱き合う。

 そんな二人の横から掛けられる言葉。

「美緒、ダーリンが嫉妬するわよ」

「あ、愛ちゃん」

 美緒が三好から離れて愛の胸に飛び付く。

「愛ちゃん、大学も一緒で嬉しいでしゅ」

 美緒と蓮と愛、三人は同じ道へと進むと決めた。

「はいはい。逃げられそうにないから――ねえ、三好先生?」

 三好が苦笑する。

「無理強いした覚えはないぞ」

「でも強引ではあるわよね。でもいいわ、悠真の先生っていうのに興味があるから。さよなら三好先生。お世話になりました」

「ああ。お前達の『先生』をやれて幸せだった」

 微笑む三好に美緒が呟いた。

「陳腐な台詞……痛いでしゅヨシヨシ先生」

 三好に拳骨を落とされた頭を抱えて美緒は叫ぶ。

「暴力教師! 訴えてやる!」

 そのまま校門に走って行く美緒の姿に三好が目を細め、蓮と愛が苦笑しながら追った。

「うぅー。痛いでしゅ」

 ブツブツと文句を言う美緒の頭を追い付いた蓮が撫でる。

「これも一種の愛情表現だよ。それより何か食べに行こうか?」

 美緒がパッと明るい顔になって蓮を見上げた。

「行く! 愛ちゃんも一緒に行こ。卒業式に親が来てくれなかった者同士、仲良くパァッとやろうよ」

「え? 私も? そうね……」

 愛が首を傾げて考える。

 そんな愛の目の前に一台の車が停まった。

「…………!」

 驚く愛と美緒。

「この高級車はまさかもしかして……アレでしゅか?」

「アレ……?」

 蓮が眉を寄せる。

 運転席から出て来たのは、帽子を目深にかぶり、サングラスにロングコート、マフラーに皮手袋をしたあからさまに怪しい人物だった。


「パパ……!」


 愛が怪しい人物に飛びつく。

「迎えに来てくれたの?」

「ああ。愛、卒業おめでとう」

 怪しい人物は愛の父親だった。

 背は高く、声は低くて渋い――が、怪しすぎる。

「うわ! 本当に愛ちゃんパパだ。こんな明るい時間に外出るなんて自殺行為だよ!」

 眉を寄せて危険を訴える美緒の頭を愛の父親が撫でた。

「久し振りだね、美緒ちゃん。そして――」

 サングラス越しの視線が蓮に向けられる。

「君が蓮君か」

 少しだけ驚き、しかしすぐに冷静さを取り戻した蓮がじっと愛の父親を見ながら口角を上げた。

「河内さんのお父さんですか。はじめまして」

「はじめまして」

 愛の父親が手袋取って蓮に手を差し出す。

「…………」

 蓮も手を出し握手をした。

「これからも宜しく頼むよ」

「ええ、こちらこそ」

 愛の父親はもう一度手袋をきっちりはめてから「行こうか」と愛を促す。

「美緒、佐倉、またね」

「うん。またね愛ちゃん」

「さよなら河内さん」

 愛と愛の父親は車に乗って去って行った。

「…………」

 それを見送って、蓮がフウッと息を吐く。

「河内さんのお父さんの肌は緑色してるんだね」

「うん」

「指の間には水掻きがあるんだね」

「うん」

 蓮が美緒の手を握り歩きだした。

「蓮君、愛ちゃんパパ見てたらお寿司食べたくなっちゃった」

「そうだね」

「やっぱ回転寿司だよね」

 口元に笑みを浮かべて蓮が提案する。

「優牙君も呼んで食べに行こうか?」

「うん!」

 鞄から携帯電話を取り出した蓮は、優牙に電話をかけた。


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