第7話
三好の研究室から出て、美緒は昇降口へと向かった。
学校には自主勉強や部活でまだ沢山の学生が残っている。
途中会ったクラスメイト達に手を振って、階段を降りようとしたが、そこで美緒は身体の異変に気付いた。
―――――来る!!
しかも既に変化し始めている。
美緒はすぐ近くにあるトイレに猛ダッシュして、洋式便器の個室に入り鍵をかけた。
鞄を床に投げて、急いで制服を脱ぐ。
狼に変身後は服や下着を脱ぐのは難しい。
もしそのまま外に出れば、学校の制服を着た犬が居ると騒ぎになってしまう。
しかも首輪をしていないので、捕まれば野良犬と思われて保健所行きかもしれない。さすがに美緒もそれは避けたい。
脱いだ服と靴を鞄に突っ込み、便器の蓋に蹲るように乗った。
「う・・・あっ!」
身体が細かく震え、美緒は蓋に頭を押し付け背中を反らし、尻を突き出す格好になる。
「あっ・・・ぁあっあっ―――――」
―――――トントントン!
突然聞こえたノックの音に美緒はビクッと身体を揺らした。
「美緒ー!どした?具合悪いのー?」
先程会ったクラスメイトの一人だ。
(い・・・いつの間に!?)
トイレに入って来ていたことに、変身に集中していた美緒は全然気付いていなかった。
美緒は震える前足を踏ん張り、一度深呼吸をした。
「な、何でもないよー。大丈夫ー」
「えー?だって凄い勢いでトイレ入ったでしょ?なんか苦しそうな声聞こえたし?」
トイレに駆け込んだのを見られていたのだ。
美緒は焦った。ドアを開けるわけにはいかない。なんとか早く立ち去ってもらわなければならない。
「えーと・・・ちょっと、お腹痛い・・・かな。でもでも大丈夫!出た!全部出た!!」
「『出た』って・・・露骨過ぎ、美緒」
引き気味だがそんなのに構ってなどいられない。
「うん、だから大丈夫だよ!ありがと!」
「そお?じゃあ私帰るけど、ホント大丈夫?」
「ん!ありがと!また明日ね」
「またね!」
クラスメイトが帰っていき、美緒はホッと息を吐いた。
いつの間にか変身も完了している。
滑りやすい蓋の上に丸くなり、目を閉じた。
学校から生徒がいなくなるまで待たなくてはならない。ウトウトしながら暫く時間を潰した。
二十分・・・三十分・・・一時間・・・。
「―――――!」
美緒は便器から落ちそうになってハッと目を覚ました。
慌てて座り直し、欠伸をする。
何度か瞬きをしてトイレの中を見ると、もう暗くなっていた。
「・・・お腹空いた」
何時かは分からないが、お腹が空いているので、もう帰りたい。
「暗いし、静かだし、大丈夫だよね・・・」
美緒はもう一度欠伸をすると、そっと床に降りた。
トイレの床を裸足で歩くのは、正直かなり嫌なのだが、仕方ない。
前足でガリガリ引っ掻いて、個室の鍵を開けると、鞄を口にくわえた。
トイレからそっと出て、一応左右を見渡したが、誰もいない。ホッとして、階段を降りた。
愛や優牙が一緒にいればごまかしてくれるのだが、たまにこうして自力でなんとかしなければいけない時もある。
(・・・めんどくさい)
変身コントロールが出来ないのが悪いのだが、そのことは棚に上げて、心の中で愚痴りながらだらだらと昇降口へ向かった。
そして―――――。
(・・・あれ?)
自分のクラスの下駄箱の近くまで来た時、美緒は目の前に人がいることに気付いた。
(うあっ、やばい!)
よく見ると、それは佐倉蓮である。
(み、見つかりませんように・・・)
祈りながら、靴を持って帰るのは諦めて、昇降口から外に出ようとした、が。
(げっ!閉まってるー!)
この学校は決められた時間になると、昇降口のドアと門が閉められてしまうのだ。
開いているのは職員用の出入口と門だけだ。そこに行く為には蓮の脇を通らなければならない。
(うぅ・・・仕方ない)
少し隠れて蓮が帰るのを待とう。
美緒がそっと動いた瞬間―――――。
「―――――!!」
目が合ってしまった。
蓮が目を見開いて美緒を見ている。
美緒も驚きで、くわえていた鞄を思わず落としてしまった。
(ど、ど、ど、どうしよう!いや、でも・・・)
残された道は一つしかない。隙を見て突っ走って逃げる。
(あっ・・・でも、鞄がー!)
重い鞄をくわえて全力疾走など美緒には出来ない。
かといって、鞄をここに放り出して逃げるのも危険な気がする。下着だって入っているのだ。
(ど、どどど、どうしよう!)
美緒がパニックになっている間に、金縛りの解けた蓮がすぐ近くまで寄って来ているではないか。
(えーっと、えーっと、こういう時は・・・取り敢えず・・・)
美緒は首を傾げて、上目遣いで蓮を見た。
「わ・・・わん?」
(必殺!学校に迷いこんだどこかの飼い犬のフリ!)
美緒は蓮の目を見つめて出来るだけ可愛らしく吠えた。