第58話
朝、揺すられて美緒は目を覚ました。
「おはよう美緒。起きないと遅刻するよ」
「・・・おはよー」
「ほら着替えて」
「はいぃ」
蓮が美緒のパジャマを脱がせ、ブラジャーを着けて制服を着せる。
「はい、下に行くよ」
「はいぃ」
「顔洗って」
「はいぃ」
「朝ごはん食べるよ」
「はいぃ」
「学校行くよ」
「はいぃ」
家を出て学校に向かいながら、美緒は大きく口を開けて欠伸をした。
そんな美緒を見た蓮が片眉を上げる。
「昨日遅くまで起きてた?」
「うーん、そうでしゅねぇ」
「ふーん」
「・・・・・」
「・・・・・」
会話が弾まない。
学校に着いてからもそれは変わらず、ろくに話さず帰りになった。
ショートホームルームが終わり三好が教室から出て行くと、美緒が立ち上がる。
そして蓮に何も言わずに愛のところへと行った。
「愛ちゃん、お話があるです」
愛が鞄を持って頷く。
「優牙から聞いてる。美緒の家でいい?」
「うん」
そこで美緒はやっと振り向いて蓮を見た。
「蓮君、今日は愛ちゃんとお話するから一緒に帰れないです」
「そう。じゃあね」
蓮は少しだけ笑みを見せ、片手を上げて教室から出て行く。
「おう・・・。あっさりだ」
「ほら、帰るわよ」
「はいぃ」
愛に引き摺られるようにして、美緒は家に帰った。
「で?何が聞きたいの?」
美緒の家のリビングで、ソファーに座って長い足を組んだ愛が訊く。
「うーん。何でしょう?」
グリグリグリグリ。
「うぅ・・・。こめかみグリグリしちゃイヤん」
「早く話なさい」
美緒がコクコクと頷いたので愛は美緒から手を離した。
「結婚しようかと思うんだけど、どうかなぁ」
「どうかなぁって。そうね、うちは幸せそうよ」
「凄いよね愛ちゃんママ。アレと結婚するには勇気がいる・・・」
グリグリグリグリ。
「すみませんでした」
「結婚はママの方が積極的だったのよ」
美緒が「え!」と目を見開く。
「そうなの?益々凄いよ愛ちゃんママ。人外と結婚してなんか苦労はないのかな?」
「パパが外出する時なんかは捕獲されるんじゃないかって不安は多少あるみたいよ」
「ふーん。成る程確かに」
美緒は愛の父親の姿を頭に思い描いて当然だと納得した。
「ただ―――――」
「ただ?」
「やっぱり一番心配だったのは子供の事だって。人外ハーフはどんな容姿や能力を持って生まれてくるか予想が付かないから。それに子供が将来多少なりとも苦労する事は分かっているのに作っていいのかって葛藤はあったらしいわ」
美緒の眉間に皺が寄る。
「うーん。そうかぁ」
「まあ結局その分自分達が沢山の愛情を注いで育てようって結論に達したらしいけど」
「ほおほお。実際愛ちゃんの苦労は?」
髪を掻き上げ愛はニヤリと笑う。
「馬鹿な狼女に絡まれて大変」
「う。それって私?」
「後はやっぱり人外だってバレるんじゃないかって不安はある。それは美緒も同じでしょ?」
「うーん、まあバレたらヤバイなあってのは思ってるよ。実際蓮君にはバレたし」
お馬鹿な美緒でさえ、そこには気を付けていた。
愛の母親や学校の先生、両親の同僚など人外に理解を示し協力してくれる人間もいる。
しかし自分達と同じではない人外を排除しようとしたり、闇で売りさばいたりしようとする者も確かにいるのだ。
「参考になった?」
「うーん、微妙」
「・・・そこは嘘でも『参考になりました、ありがとう』って言いなさい。でもいいの?」
美緒が首を傾げる。
「何が?」
「もっと色々やりたい事とかあるんじゃないの?」
「ない」
即答する美緒。
愛は腕を組んで片眉を上げた。
「そう?でも迷ってるんでしょ?」
「うん。なんでだろ?ちなみに愛ちゃんは悠真大学行くよね」
「内・緒」
美緒が溜息を吐いて恨みがましい目で愛を見る。
「愛ちゃんまで秘密にするのでしゅか。私達の友情は?」
愛は美緒の言葉に首を傾げた。
「友情・・・?」
「おぉう、心に突き刺さる」
泣き真似する美緒の額を指で弾き、愛が微笑む。
「次は先生に相談してみたら?」
「うーん。じゃあそうする」
愛の助言を受け、翌日の放課後美緒は三好の研究室へと行った。