第6話
三好は美緒を連れて、教員研究室のドアを開けた。
室内は、机と椅子、本棚、おまけにテレビや冷蔵庫、ソファーベッドまであり、なかなかの充実ぶりだ。
「ほら、大上入れ」
三好に促されて室内に入った美緒が、キョロキョロと辺りを見回す。
「せんせー、結構いい部屋に住んでますねー」
「いや・・・住んでるわけじゃないがな。大上はここに来るのは初めてだったか」
「そーですよ。んで、こんなとこ連れて来て、なんですか・・・ってまさか!?」
美緒はハッと目を見開いて、三好を見た。
「・・・なんだ?」
三好が眉を寄せる。
「担任に密室に連れ込まれる美少女!『いくら大声を出しても、ここには誰も来ないぞ』とか言われて、凌辱されるんです!」
「・・・なんだそりゃ」
「昨日読んだ小説に書いてありました」
三好は溜息を吐いて、右手を額に当てた。
「お前、どんな本読んでるんだ?」
「えー?違うんですかー?じゃあ、何の用で連れ込んだんですか?」
美緒がガクリと肩を落とした。
「なんでガッカリしてんだよ。お前の成績のことで、話があるんだ」
「分かった!『内申点上げてやるから言うこと聞け』ですか?」
「だからどんな本読んでるんだよ。いいからそこのソファーに座れ。いい加減にしないと、先生本気で怒っちゃうぞ」
「はーい。ごめんなさーい」
美緒は勢いよくソファーに座る。
「ヨシヨシ先生、ノリ悪いー」
「あーそうか、悪かったな。ほら、入り口のドアは開けとくぞ。これで密室じゃないからな」
三好は美緒の正面に、椅子を持ってきて座った。
「でな、大上、成績のことなんだが、お前ヤバいぞ」
「・・・へ?何がですか?」
美緒は三好の言っていることが分からず、首を傾げた。
「つまり、今回のテストの結果が悪ければ、二組落ちということだ」
「へえ、そうなんですか」
美緒は興味無さげに頷いた。
この学校は、成績順にクラス分けがされている。上位三十名が一組、以下二組三組・・・となっているのだ。
「そうなんですかじゃないだろ?もっと頑張れ。」
「いやー、でも、努力とか苦手だし・・・」
三好は溜息を吐いた。
「お前、二組落ちしたら、河内とクラスが別々になるぞ。河内は頭いいからな」
美緒はハッと気付いて、愕然とした。
「・・・そうだ。どうしよう。先生、愛ちゃんの成績書き換えて、二組に落として下さい」
「・・・俺に不正行為をしろと?」
「はい」
「出来るか!」
美緒はプウッと頬を膨らませた。
「だって、愛ちゃんと別れたくないよ。せんせー、どうすれば愛ちゃん二組に落としてくれますか?山吹色のお菓子があればやってくれますか?」
「時代劇の観過ぎだ。お前はなんで努力しようとしない?」
「だって・・・」
美緒は首を傾げて上目遣いで三好を見た。
「そんなことしても無駄だ。勉強しろ。河内に教えてもらえばいいじゃないか」
美緒は首を横に振った。
「愛ちゃんはパパとの時間を邪魔すると、烈火の如く怒るのです」
「・・・・・・・・」
三好は可哀想な子を見る目を美緒に向けた。
「先生なあ、前から思ってたんだけど、お前と河内は友達か?大上の片想いにしか見えんぞ」
「失礼な!私と愛ちゃんはラブラブです!」
「ああそうか、ごめんごめん。でな、話を戻すけど、勉強頑張れ。お前はやればできる子なんだぞ」
「うーん・・・」
眉を寄せ、唇を尖らせる美緒に、三好はガクリと肩を落とした。
「お前、進路はどうするんだ?将来就きたい仕事とか、夢とか無いのか?」
「あー、はい」
美緒が頷く。
「見合い結婚します。出来れば若い男希望です」
「・・・なんだ?それは」
「父が私に『見合い結婚しろ』って言うんです。一族の繁栄の為に。うちある意味由緒正しいお家柄なんで」
「・・・お前はそれでいいのか?」
「抵抗するのも面倒くさいのでそれでいいです」
三好は溜息を吐いた。なんだこのやる気の無さは。
でも担任としては、脱落者を出したくない。ろくに勉強してないのに一組にいるのだから、頑張ればトップだって狙える筈なのだ。
「とにかく少しは頑張れ。一組に残らなくては、河内ともお別れだぞ」
「・・・はーい」
三好は立ち上がって美緒の頭を撫でた。
「さあ、もう帰って勉強しろ。いいな」
「分かったよぅ」
美緒は鞄を持って立ち上がった。
「ヨシヨシ先生さようならー!」
勢いよく部屋から飛び出していく美緒を、三好は溜息と共に見送った。
「あいつ、あれで大丈夫なのか?・・・いつか痛い目に遭うんじゃないか?」
三好は右手を軽く握って、痛む頭を叩いた。