第51話
土曜日―――――。
目覚まし時計の音で起きた美緒は、欠伸をしながら立ち上がり、リビングへと向かった。
「おはよう美緒」
「・・・おはよう。早いでしゅね」
そこには既に蓮が居て、朝食を作る優牙の手伝いをしていた。
美緒はソファーに座り、テレビのリモコンを手に取る。
「珍しいじゃねーか。休日にこんなに早く起きるなんて」
「謎の男の正体があきらかに」
「ああ」
美緒が言っているのは今から放送される子供向けアニメの内容である。
いつもは録画してあるものを昼間に観るのだが、謎の男の正体が気になる美緒は、普段使わない目覚まし時計をセットしてまで早起きしたのだ。
「そういう時だけ頑張るんだな」
鼻で笑う優牙を振り向く事無く、美緒はテレビに集中する。
「優牙君、終わったよ」
蓮の声に振り向いた優牙は、綺麗に切って盛り付けられた卵焼きを見て溜息を吐いた。
「なんだい?上手く出来たと思ったけど、どこか悪いのか?」
「・・・いや、上出来だ。ただ姉ちゃんにもこれだけやる気があればと思っただけだ。まあ以前よりだいぶマシにはなったけどな」
優牙は皿に載った卵焼きを一切れ摘んで口に入れる。
自分が作ったものとまったく同じ味がした。
たった数回教えただけでこの味と焼き加減をマスターしたのではないだろう。
おそらく蓮は自宅で練習している。
「料理も意外に楽しいものだね。このまま料理人になるのもいいかもしれないな」
蓮の余裕の発言に優牙は口角を上げた。
「へえ。でも料理人になるなら、まず『煙』をやめた方がいいぞ」
「・・・・・」
「健康にも良くないしな」
「・・・なんの事だか分からないな」
「狼人間の嗅覚舐めんなよ」
蓮は無言で皿を手に持ち、ダイニングテーブルに向かった。
「美緒、ご飯だよ」
「隊長〜!二年前行方不明になった隊長〜!!」
「はいはい」
皿をテーブルに置いた蓮はそのままソファーに行くと、テレビに釘付けの美緒をヒョイと抱き上げた。
「『俺はもうただの人間ではない』だって。私と一緒だね」
「そうだね」
蓮の首に腕を回して身体を固定し、美緒はまだテレビに夢中だ。
優牙はそんな二人の姿を見て思わず呟いた。
「確かに・・・お似合いかもな」
朝食を食べ終えた美緒は、蓮のマンションへと連れて来られた。
「さて、今日から新しい修行、イメージトレーニングの始まりだ」
「・・・え」
玄関で蓮はそう告げて、目の前にある自室のドアを開けた。
「早くおいで」
「・・・何だか嫌な予感がするので帰ってもいいでしゅか?」
「駄目」
肩を落として仕方なく美緒は蓮の部屋に入る。
「この部屋はあまりいい記憶が無いので嫌いでしゅ・・・」
忌まわしき『パンツ焼失事件』の舞台である場所に立ち、美緒のテンションは下がりまくった。
その上目の前には変身した自分そっくりの人形。
「気持ち悪い」
呟いた美緒を蓮は軽く睨んだ。
「僕のハニー人形に暴言は許さないよ」
「・・・はいぃ」
蓮は美緒の腕を引いてハニー人形の前に座らせた。
「まさか、これを見てイメージトレーニングしろと?」
「その通り。良く分かったね、美緒」
頭を撫でられても嬉しくないと不貞腐れる美緒に蓮は訊いた。
「普段変身する時はどんな感じなのかな」
「ふぇ?変身する時・・・?『来る』って感じ」
「来る・・・?」
頷く美緒に蓮は首を傾げる。
「それから他には?」
「うーん・・・」
眉を顰め顎に指を当てて唸る美緒だが、暫くすると蓮を上目遣いに見て首を横に振った。
「分かんない」
「・・・・・」
意識して変身した事が無いから自分でも良く分かっていないのだろうか。
ならば具体的にそれを示してやれば・・・。
蓮は以前この部屋で見た美緒の変身する瞬間を思い出した。
「身体が縮んでいき口が尖る。手足が短くなって全身に茶色の毛が勢いよく生えた。人間の耳が消えて頭の上に狼の耳が現れると同時に尻尾も生える。そして―――――」
ハニー人形をそっと撫でて、蓮は美緒の目をしっかりと見つめた。
「この姿になる」
「・・・・・」
「さあ、イメージして」
渋い表情をしている美緒の両手を握り、繰り返す。
「身体が縮んで―――――」
「何だか洗脳されている気分でしゅ」
「集中して」
「はいぃ」
美緒は溜息を吐いてうなだれた。