第48話
「なに、やってるの?」
朝、教室に入った愛は、開口一番眉を寄せて言った。
机の上に置かれた菓子―――――。
美緒がそれを凝視し、更にその美緒を腕組みした蓮が見ていた。
「特訓」
蓮は美緒から視線を外す事無く答える。
「特訓?これが?」
愛は美緒に近付き、机の上に置かれた菓子を一つ指先で摘んだ。
「ああ!私のお菓子です!」
慌てて取り戻そうとする美緒の頭に蓮の拳骨が軽く当たる。
「美緒!待て!」
「うぅー・・・」
厳しい表情の蓮と涙目の美緒を交互に見て、愛は成る程と納得した。
「ああ、躾。頑張ってトップブリーダーになってね佐倉」
愛は美緒の目の前で菓子を開けて、なおかつそれを口に入れて笑った。
「ふぎゃあー!酷いでしゅ愛ちゃん!」
愛はそのまま自分の席に行き、美緒の頬には涙が一筋流れた。
「ああ、どうしてこんな事をしなければならないのか。ドS共に天の裁きを与えたまえ」
「意味不明な事言ってないで続けるよ。待て!」
「はいぃ・・・」
美緒はじっと菓子を見つめる。
口の中に溜まる唾液を飲み込み、気を抜けば菓子へと伸びる右手を必死に左手で押さえた。
永遠とも思える長い時間を美緒は耐える。そして。
「よし」
頭上から降ってくる天の声。
美緒はたちまちパアッと笑顔になり、菓子を次々と口に入れた。
「よしよし!頑張ったぞ美緒。いい子だいい子だ」
蓮が美緒の頭を抱えてグリグリと撫で回し褒めまくる。
異様な雰囲気を醸し出している二人をクラスメイト達が離れた場所から眉をひそめて観察し、愛は口元に笑みを浮かべて呟いた。
「馬鹿じゃない」
「本当になぁ」
斜め後ろから聞こえた声に、愛は眉を上げて振り向く。
「おはようございます、先生」
「はいはいおはよう。何をやっているんだあいつらは」
「特訓らしいですよ」
三好は溜息を吐いて蓮の元へと向かう。
「おい、佐倉」
美緒の頭を抱えた蓮が満面の笑みで振り向いた。
「おはようございます先生。見て下さい、美緒が『待て』出来たんです」
「あーそうかそうか。ところで自分達が受験生だと覚えているか?」
「勿論です」
三好はうーんと唸り、持っていた出席簿で蓮の頭を叩いた。
「周りの迷惑だ。教室で怪しい行動はするな。もう去年までとは違うんだぞ。皆真面目に勉強しなければならないんだ」
不満げな顔の蓮をもう一度叩いて三好は念を押す。
「いいか、分かったな。皆必死なんだ。教室では静かに。はい、出席とるぞー!座れ」
最後はクラス全体に言い、三好は前に向かって歩く。
「ふーん、まあ確かにそうだな」
蓮は三好を睨み付けながら、菓子を貪り食う美緒の身体を撫でた。