第46話
「はぁ・・・・・」
楽しい食事の時間・・・の筈が、先程から何度も聞こえる溜息に、食卓にはどんよりと重い空気が漂っていた。
「はぁ・・・・・」
「いい加減にしやがれ!!」
キッチンから飛んできたお玉を軽く避け、蓮はまた溜息を吐く。
優牙は舌打ちをして、蓮の横に座る美緒を睨んだ。
「おいこら、何とかしろ」
「そんな事言われても・・・」
飛んできたしゃもじが、美緒の額に直撃する。
「うぎゃあ!!」
「お前の男だろう!」
美緒と蓮は三年生、優牙は二年生に無事進級した。
最初は何かと抵抗していた美緒も、ある日『もう疲れた・・・』と小さく呟き、それからは蓮を彼氏として受け入れていた。
二人の交際は至って順調だったのだが、何故か近頃蓮の元気が無い。
優牙はイライラとしながら食卓の椅子に座り、蓮を睨み付けた。
「なんだ?『悩みがあるなら相談しろよ』とか言って欲しいのか?」
蓮はチラリと優牙を見て、美緒に視線を移した。
「相談・・・しても、どうにもならない事なのだろう?」
「なにがだよ」
「・・・・・」
蓮はスッと立ち上がり、美緒に手を伸ばす。
「ヒィイ!」
本能的に逃げようとする美緒を、蓮は捕まえた。
「うぎゃぁぁぁ!やめて下さいでしゅ!」
蓮の右手は美緒の服の中へと侵入し、脇腹を撫でて胸を掴み、左手はスカートの中、更にパンツの中にまで入って尻を撫でた。
「おい。多感な少年の前で、いやらしい行為に耽るな」
眉を寄せる優牙を無視して蓮は美緒の身体を撫で回し、そして溜息と共に、ポイと床の上に転がした。
「うう・・・。弄ばれて、捨てられて」
ずれた下着を整えながら、美緒は涙をそっと拭った。
一方、再び椅子に座った蓮は、テーブルに突っ伏して深く息を吐く。
「アレじゃない・・・。僕の求める身体は」
「酷い言い草でしゅ」
「会いたいよ・・・。ハニー・・・。どうして変身しないんだ、美緒」
少しだけ顔を上げて恨みがましい視線を向けてくる蓮に、美緒は口を尖らせた。
「だから、何度も言っているように、変身はコントロール出来ないものなのでしゅ。いつ変身するかは私にも分からないの!」
「付き合い始めてから、一度も変身していないじゃないか」
「それは仕方がないのです!」
美緒は頬を膨らまして立ち上がり、椅子に座った。
「変身してくれ」
「無理でしゅ!」
蓮が美緒の手首をガシッと掴む。
「美緒、変身」
「無理!」
「変身」
「無理」
「変身」
「無理」
「変し―――――」
「してるぞ」
「―――――え!?」
蓮がカバッと顔を上げ、美緒がビクッと身体を揺らした。
腕を組んだ優牙が顎をしゃくる。
「姉ちゃん、変身してるぞ」
「なんだって・・・?」
目を見開く蓮を、優牙は鼻で笑った。
「姉ちゃんの中の僅かな本能が、お前の前では変身しないように働いているのかもな。お前が帰った途端に狼になるから」
「・・・・・」
「いやらしい事するから、嫌われたんじゃないのか?」
「・・・・・」
蓮は逃げようとする美緒を引き寄せ、顔を近付けた。
「美緒・・・」
「ヒィ!」
怯える美緒の顎を掴み、常に無い低い声で蓮は訊く。
「変身・・・、してる?」
「いやぁ、そんな、まさか」
「美緒、僕の目を見てごらん」
「あなたの存在が、私には眩しすぎて・・・」
「美緒!」
「いひゃい!いひゃい!」
ふざけるなと言わんばかりに、手に力を込める蓮。
美緒は蓮から逃れようと、手足を振り回した。
「おい!暴れるなら外に行け!誰が掃除すると思ってんだ」
優牙の言葉に蓮は舌打ちをして、美緒を離した。
「それにしても、いつ変身するか分からないなんて、狼人間は不便だな」
頬杖をついて溜息を吐く蓮に、優牙は「あぁ・・・」と呟き口角を上げる。
「コントロール出来ないような馬鹿は、姉ちゃんぐらいだよ」
「え・・・?」
「ヒィイ!優牙、何故!?」
ひた隠しにしていた事実をあっさりバラされ、美緒は涙目で優牙を見、そこから恐る恐る視線を蓮に移した。
「ひぎゃあ!怒り最大級?」
そこには光り輝く笑顔の蓮が居た。
「美緒・・・」
「はぃい!?」
蓮は美緒の頭に手を置いて、視線を合わせる。
「何故、嘘を吐いていた?」
「コ、コントロール出来ないのは、本当でしゅ!」
「うん。そう。美緒だけ?」
美緒はゆっくりと首を傾げ、上目遣いで蓮を見た。
「・・・・・」
「・・・・・」
ふぅ・・・っと息を吐き、蓮は優牙に視線を向ける。
「こっち向くな。恐えぇぞ、その笑顔」
眉を寄せる優牙に、蓮は尋ねる。
「変身をコントロール出来るようになれば、いつでもハニーに会えるのかい?」
優牙が頷く。
「まあ、そうだな」
「頑張れば、美緒もコントロール出来るようになるかい?」
「・・・死ぬ気でやれば、あるいは・・・、な」
「・・・・・」
蓮は美緒に向き直り、恐怖に震える美緒の頭を、優しく優しく撫でた。
「美緒、死ぬ気で頑張ってみようか」
美緒の目から、涙が滝のように流れた。