番外編 「好き勝手に生きるヒト」
第40話、帰って来なかった時の優牙のお話です。
鼻を上に向けると、オレンジ色の月が目に飛び込む。
ああ、すっかり夜になっちまった。
帰る頃には、朝になってるかな。
あいつら、今日こそ許さねぇ。
鼻から息を吸うと、空中に微かに残る、匂い。
あっちか・・・。
俺は走りだす。
「あ!ワンちゃんだぁ!」
途中、すれ違った酔っぱらいが、俺を指差して言う。
誰が『ワンちゃん』だよ!俺は狼だ!
クソッ!だから人目がある時間帯に、変身するのは嫌なんだ。
何度か立ち止まり匂いを確かめながら進むと、港にたどり着いた。
おいおい。何故港?
これはなんだかヤバい雰囲気だな。
警戒しながら進むと、前方の倉庫から、あいつらの匂いがする。
あそこか・・・。
壁の上部にある小さな窓が開いているな。
静かに近付き、窓に飛び乗り覗くと、・・・やっぱり居やがった。
縄で縛られて、ビービー泣いてやがる。
そしてその側には、あきらかに普通じゃない人間。
さて、どうするか。
俺では助けだすのは無理だな。
一度離れて連絡を・・・と思った時、嗅ぎ慣れた匂いがこちらに近付いて来る事に気付いた。
凄いタイミングだな。電話しようと思っていた相手が来たじゃねーか。
窓から下りて待っていると、ああ、見えた。
「母さん」
囁くような小さな声でも、変身した状態なら聞こえる筈だ。
母さんは俺の前まで来ると、顔を顰めた。
「優牙、こんな所で何やってるの?」
「それが久し振りに会った息子への第一声かよ。ヒト捜しだよ。この倉庫の中で、ヤバそうな奴に捕まってるけどな」
すると母さんは「ああ」と頷き、溜息を吐いた。
「この匂い・・・、あの子達ね。また面倒を起こして」
母さんは俺と同じようにヒラリと窓に飛び乗り、すぐに下りた。
「捕まってるわね。売人に」
「売人?」
「そう。私達はあいつらを追ってたの」
「ふーん、成る程」
複数の人間の匂いが近付く。
母さんが言う『私達』、仕事仲間だな。
母さん達が追ってた奴が、偶然にも俺が捜してた奴等を攫ったのか。
「じゃあ、後は頼んだ」
俺は軽く尻尾を振って、踵を返す。
しかし、そんな俺の首筋を、母さんは甘咬みした。
「優牙、ちょっと手伝いなさい」
「はあ?何言ってんだよ。ここからは警察の仕事だろ?一般人巻き込むなよ」
「母さんが引き付けるから、うまく仕留めて」
そう言って母さんは、再び窓に飛び乗る。
「早くしなさい」
「待てよ、母さん!」
俺の制止を無視して、母さんは倉庫の中に消える。
直後、売人の怒声が聞こえた。
クソッ。我が母ながら、なんて自分勝手なんだ。
窓に飛び乗ると、走り回る母さんと、何かを手に持ち構える売人。
パンッ、パンッっと軽い音がする。
おぃい!アレは関わってはいけない物ではないか!!
『ちょっと手伝う』ってレベルじゃねーじゃねーかよ!
母さんがこちらをチラリと見る。
・・・はやくヤれって事か?
息子を危険に晒すって、どういう神経してんだよ。
俺は倉庫の中に下り、売人に向かって走った。
銃を構えるその腕に咬み付くと、母さんに集中していた売人は突然の痛みに驚き、悲鳴を上げて暴れた。
そこに母さんが飛び掛かり、男にとっての弱点をガッツリ咬む。
ヒイッ!えげつない!
売人は短い悲鳴を上げて、白目を剥いて倒れた。
「ふん」
母さんは床にペッと唾を吐き俺を睨み付ける。
「仕留めろって言ったでしょう?中途半端な攻撃は命取りになるよ」
「・・・頑張った息子を、ちょっとは褒めろよ」
俺の言葉に母さんは鼻を鳴らし、顎をしゃくって歩きだす。
溜息を吐いて、母さんが示した方を見ると、震える子供が三人。
俺が捜していた奴等だ。
「ゆ、優牙兄ちゃん・・・」
子供達が縛られている縄を牙で咬み切り、ついでに頭突きを食らわせる。
「うわーん!!」
「うるせぇ!泣くな!」
心配させやがって!
「子供達だけで外に出るなって、何回言ったら分かるんだよ!くそガキ共が!」
「ごめんなさいー!」
子供達は、一つだけある大きな目から、ボロボロと涙を流す。
そう、こいつらはいわゆる『一つ目小僧』ってやつだ。
いたずら好きで、しょっちゅう行方不明になる問題児。
因みに三つ子の兄弟だ。
昔偶然、迷子になってたところを保護してやってから、こいつらの親は、何かあるたびに俺に連絡を寄越しやがる。
「ほら、もう泣くな。帰るぞ」
顔を舐めてやり、俺は後ろを振り向く。
母さんが仲間を引き連れて、戻って来ていた。
「母さん、こいつらを―――――」
「はいはい。家に送るんだね。でもその前に訊きたい事があるから、小僧達、そこのおじさんに付いて行きな」
近くにいたおっさんが、子供達を連れて行く。
俺は大きく息を吐いて、それを見送った。
「じゃあ、俺も帰るから。母さんもたまには家に帰って来てくれよ。今、姉ちゃんが大変なんだよ」
「大変?」
母さんは俺を見て、ニヤリと笑った。
「あの変わった人間の事?」
・・・はぁ?
「知ってたのかよ!父さんもか!?」
「いや、父さんはニブイからねぇ。気付いてないよ」
そうか。じゃあまだ良かった。
「早く何とかしねーと、取り返しのつかない事になるぞ」
しかし、母さんはあっさりと言いやがった。
「いいんじゃないの?」
「はぁああ!?」
なんだって?
「あの野郎、変態だぞ!」
「それが何か?」
・・・・・おいおい。
「優牙も父さんも、『血』にこだわりすぎよ。好きに生きればいいの。美緒も優牙も」
母さんは尻尾を振りながら、去って行く。
「ああ、そうだ。母さんまだまだ忙しいから、当分家には帰らないよ。美緒の面倒よろしく〜」
・・・・・・・・・・。
まさに、好き勝手生きてるな。
母さんは、昔からそうだ。
はぁ・・・・・、疲れたな。
俺は溜息を吐いて、家に帰る為に歩きだした。