第4話
「河内さん、やめてあげたら?大上さん、凄く痛そうだよ」
二人が振り向くと、そこにクラスメイトの佐倉蓮が立っていた。
愛が渋々美緒から手を離す。
「おはよう、佐倉」
「おはよー、佐倉君」
「おはよう、河内さん大上さん」
蓮は鞄を開けると中から絆創膏を取り出した。
「大上さん、膝から血が出てるよ。これどうぞ」
「うわぁ!ありがとう」
美緒は嬉しそうに絆創膏を受け取った。
それを見た愛が蓮を睨み付ける。
「甘やかさないでちょうだい。この子バカなんだから。勘違いしたらどうするの?」
「バカってそんな・・・」
苦笑する蓮を愛が冷ややかな目で見た。
「昨日、一年生を振ったらしいじゃない。一昨日は三組の子だったわよね。その前は――――」
「か、河内さん。急に何言って・・・」
「うわー、佐倉君モテるんだねー」
焦る蓮とそんな蓮を尊敬の眼差しで見る美緒。
「――――つまりね、そんな気がないんだったら、誰にでも愛想振りまくのやめたら?」
「別に僕はそんなつもりは・・・」
「つもりは無くてもそうでしょ?」
「そんなことは・・・」
「いたいけな婦女子の心もてあそんで、酷い男よね」
「いや、だから・・・」
「佐倉君は彼女作らないの?」
美緒の問いかけに、愛の追及から逃れたかった蓮はホッとして微笑んだ。
「来年は受験生だからね。僕は勉強と恋愛両立出来る程器用じゃないんだ。もっと大人になって、責任が取れるようになってからでいいかな」
「へえー。佐倉君偉いねー」
「そんなことないよ。あ、そろそろ授業の予習しなきゃ。じゃあね」
蓮は軽く手を振って教室の前の方にある自分の席へと行った。
そんな蓮に手を振り返している美緒から愛は絆創膏を奪うように取ると、それを怪我をしている膝に貼った。
「佐倉君ってかっこいいなぁ」
ぼけっと蓮の方を見ている美緒の様子に、愛が眉を寄せる。
「男は見た目じゃないわよ」
「え?でも佐倉君って成績だっていいし、スポーツも出来るし、優しいし、ちょっといいよね」
愛が腕組みして教科書を見ている蓮を睨むように見る。
「完璧過ぎると思わない?」
「・・・・・?」
美緒はキョトンとして愛を見た。
「完璧な男なんていないのよ。どこかに欠点の一つや二つある筈よ。どんなにいい男でもね。うちのパパだって、あんなに優しくって、頭がよくって、かっこよくって、とにかくもう素晴らしい男だけど、やっぱりほんのちょっとだけ欠点はあるものね」
美緒はうんうんと頷いて同意した。
「確かに。愛ちゃんのお父さんいい男だけど、見た目がアレだもんね」
「アレって何よ!」
愛は美緒の頬を摘んで引っ張った。
「い、いひゃい、いひゃい、あいひゃん」
愛は美緒の額に自分の額をつけて、低い声で囁いた。
「いい?パパのこと悪く言ったら、例え美緒でも許さないからね。分かった?」
コクコクコクコク。美緒は必死に首を縦に振った。
極度のファザコンである愛の前で、彼女の父の話をするのは危険を伴う。分かっているのに、ついうっかり言ってしまう美緒は、やはりかなり抜けているようだ。
愛は美緒の頬から手を離して、もう一度腕組みをした。
「・・・私、前から思ってたんだけど、佐倉って何か胡散臭くない?」
「へ?どこが?」
「何となくよ。不用意に近付いちゃ駄目よ」
「そんな大げさな・・・」
笑う美緒を愛は睨む。
「私の野生の勘が、そう言ってるのよ。素直に忠告聞きなさい」
「あ、それ昨日、優牙も同じこと言ってた!」
ギリギリギリギリ!
愛は美緒の頬を掴むと思い切り引っ張った。
「あいつと一緒にしないでって言ってるでしょう?バカ狼」
「いひゃい、いひゃい!あいひゃん、ごへんなひゃいー!!」
美緒の頬が容赦なく引っ張られる。
この日は一日中、頬の腫れが引かなかった、美緒であった。