第35話
すべてのテストが終わり、美緒はホッと息を吐き、机に突っ伏した。
「あうぅ、終わった」
「お疲れさま。頑張ったね」
蓮の声にガバッと顔を上げ、美緒は笑った。
「うん!」
「お菓子とジュースを用意したから、うちに行こう」
「うん!」
蓮が席に戻り、三好が生徒に連絡事項等を伝え、解散となった。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
鞄を持って蓮に付いて行こうとした美緒が、ふと愛の方を見た。
「あ、そうだ」
美緒は愛のもとに行くと、その腕にしがみついた。
「愛ちゃんも佐倉君の家に行こうよ。お菓子とジュースがあるんだって」
愛はチラリと蓮を見て、美緒の身体を引き剥がす。
「行かない」
「ええー!?なんでー?」
「行かないけど・・・、佐倉、ちょっと美緒を借りるわよ」
蓮の答えも聞かず、愛は美緒の腕を掴んで歩きだした。
「え?なに?どこ行くの?」
愛が美緒を連れて入ったのは、使用されていない教室だった。
「ほら、座りなさい」
美緒の肩を掴んで椅子に座らせると、愛もその正面に座った。
「なあに?愛ちゃん」
不思議そうに首を傾げる美緒。
「二人の事、ちゃんと聞いておこうかと思って」
「二人?」
「美緒と佐倉の事。変身した姿を見られたのよね?」
「うん」
「それで?」
愛は長年の付き合いからコツを掴んでいるのか、すぐ脱線したり支離滅裂になりがちな美緒から、上手く話を聞きだした。
それを頭の中でまとめ、愛は大きく頷く。
「成る程ね・・・」
「なにが?」
「ん?無類の犬好きが、変身した美緒と出逢い、ペロペロハニーで変態」
「・・・何ですか?それ」
愛は笑って美緒の頭を小突いた。
「美緒が言ったんでしょ」
「ええ?」
愛は髪を掻き上げ、机に肘をつく。
「ねえ、佐倉の事、好き?」
美緒はキョトンとして、答える。
「うん。お菓子買ってくれるから、好き」
「そうじゃなくて・・・」
愛は苦笑して、美緒の頭を撫でた。
「異性として、好き?前はちょっといいなって思ってたでしょ?」
「・・・え?」
予想外の質問に、美緒が驚く。
美緒は腕組みしてうーんと考え込むが、少ししてから首を横に振った。
「分かんない」
美緒の答えを聞いた愛は、頷いて立ち上がった。
「さあ、佐倉が待ってるから、行きなさい」
「はい??」
訳が分からずポカンとする美緒の腕を、愛は掴んで立たせる。
美緒は愛に背中を押され、廊下に放り出された。
「じゃあね、美緒」
「う、うん」
首を傾げながら蓮の待つ教室へと戻る美緒を見送って、愛は後ろを振り向いた。
「随分いいタイミングで現れるんですね、三好先生。まるで監視カメラで見ていたみたい」
三好は苦笑して、愛の隣に立った。
「何が『無類の犬好き』ですか。立派な変態じゃないの」
「あれは佐倉の『個性』だ」
「ものは言いよう、ね」
ケラケラと笑う愛の頭に、三好は掌をのせた。
「寂しいか?」
「そうね、少し。前は、ずっとまとわりついて離れなかったのに。新しい飼い主のもとに行っちゃった。それと・・・、ちょっと羨ましい」
三好は愛の頭をグリグリと撫でて、微笑んだ。
「お前にもいい出逢いがあるさ。見た目じゃないぞ、人も人外も」
「分かってるわよ」
愛は三好の手を振り払うと、髪を掻き上げて整えた。
「パパだって見た目はアレだけど、中身は最高の男なんだから」
「そうだったな」
三好は笑って、もう一度愛の頭に手をのせた。
愛は三好を睨み付けたが、その手を振り払う事はしなかった。




