第29話
美緒の横を風が駆け抜ける。
驚く美緒と優牙の目に映ったのは、少し離れた場所でお座りしているコロに、一直線に走っていく蓮の後ろ姿だった。
「はああああー!!」
蓮は気合いと共にアスファルトを蹴り、コロに向かってスライディングする。
危険な気配を感じたコロが、逃げようとしたが既に遅く、コロは蓮に強く身体を抱き締められた。
「可愛い、可愛い!コロちゃん、ハァ、コロちゃん!」
蓮はコロを撫でまわし、顔をベロベロと舐めまくる。
「キャインキャインキャインキャキャキャキャキャーッ!!」
大きな目を更に見開き、コロが悲痛な叫びをあげる。
「きゃあー!!コロちゃん!コロちゃんー!!」
石田夫人も絶叫しながら、コロに駆け寄る。
「やめてー!何するのあなた!」
石田夫人が蓮の制服を掴んで引っ張り、ボタンが弾け飛び道路に散らばった。
「コロちゃん!可愛いコロちゃん!ハァ、ハァ、ハァ!」
悲鳴をあげるコロと石田夫人。
それでもコロを舐めまくる蓮。
目の前に広がる地獄絵図に、優牙と美緒は呆然とした。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・おい」
「・・・え?」
優牙はゆっくりと腕をあげ、蓮を指差した。
「あれは何だ?」
「え・・・っと、コロを激愛・・・?」
優牙は美緒の胸ぐらを掴んで、顔を触れる程近づけた。
「何なんだあいつは!すげー舐めてるぞ、気味悪い!」
「いや、私に言われても・・・」
「普通じゃねーよ、あいつ!ヤバいぞあれは!」
「優牙、そんなに引っ張ったら苦しい!」
優牙は手を離すと、美緒の肩を掴んだ。
「行くぞ。あいつには金輪際関わるな」
その時、コロが一層高い悲鳴をあげた。
ハッとして振り向いた優牙と美緒が見たのは、遠い目をしたコロと、泣き崩れる石田夫人と、輝く笑顔の蓮だった。
蓮はコロを抱き上げ、石田夫人に渡す。
「はい。ありがとうございました。可愛いですね、コロちゃん!あれ?どうしたんですか?そんなに泣いて」
蓮がポケットからハンカチを取り出して差し出したが、石田夫人はコロを抱き締め、泣きながら走り去った。
蓮は首を傾げてそれを見送り、ふと思い出したように美緒と優牙に視線を向けた。
「あれ?弟君もどうしたんだい?そんな怖い顔して」
蓮が二人に近付こうとする。
「寄るな!あっち行け!」
美緒を庇うようにして、強く嫌悪感を示す優牙に、蓮はハッと気付いて、慌てて両手を振った。
「ああ!違うんだ!僕が愛してるのはハニーだけだよ!あれはちょっとした挨拶と言うか、コロちゃんとコミュニケーションを取っただけで、決して浮気とかじゃないんだ!大体コロちゃんは男の子だよ。僕にはそういった趣味は無いから!」
優牙が顔を顰めて後ろに一歩退く。
「姉ちゃん、あいつは何を言っているんだ?」
「いや、だから私に訊かれても・・・」
優牙は美緒の肩を抱く手に力を込め、蓮から顔を背けて歩きだす。
「行くぞ。奴とは目を合わせるな」
優牙の早足に引き摺られ、美緒は小走りになる。
「ちょっと待って大上さん。急に走ってどうしたんだい?」
乱れた服を整え、道路に落ちたボタンを拾いながら、蓮が二人を追いかける。
「寄るな変態!!」
優牙が歯を剥き出しにして威嚇する。
「おおう、佐倉君、『泥棒・ストーカー・変態』なんて、見事な三重苦」
「こら、話しかけるな。変態が伝染るぞ」
後ろを振り向いた美緒の頭を掴んで無理矢理前に向かせ、優牙は更に足を速めた。
「変態って、伝染るの?」
美緒は走りながら、不思議そうに優牙を見上げる。
「姉ちゃんは馬鹿だから、伝染る」
「えー。それはやだなー」
「おい、走るぞ」
「ええーっ!?」
美緒の抗議の声は無視され、学園まで三人は全速力で駆けたのだった。