第28話
「待って優牙!待ってよ〜。あうう、靴紐が、靴紐がー!!」
「―――――チッ!」
優牙は舌打ちすると、玄関に座り込んで靴紐と格闘している美緒の前に跪いた。
形よく蝶々結びにしてやり、腕を掴んで立たせる。
「ありがと。優牙」
なんだかんだと言いながら、結局一緒に登校する為に、優牙は支度の遅い美緒を待っていたのだった。
「遅刻する。行くぞ」
優牙は勢いよく玄関のドアを開け、
「・・・・・」
閉めた。
「あれ?どうしたの?」
後ろの美緒が不思議そうに首を傾げる。
優牙はギュッと目を瞑り目頭を揉んだ。
「幻覚・・・、じゃねえよな」
優牙が意を決し、もう一度勢いよく玄関ドアを開けると、そこには爽やかに笑う蓮が居た。
「おはよう!弟君。今日はいい天気だね」
「てめー!なんでここに居やがる!」
「一緒に登校しようと思って、迎えに来たよ」
昨日あんな事があったのに、まるで何事も無かったかのような図々しい態度に、優牙は唖然となる。
「あぁあああー!!佐倉君!私の大切な毛を返して!」
後ろから顔を覗かせた美緒が、大声を上げる。
「ドロボー!ドロボー!泥棒が居るよー!お父さん、お母さん、逮捕してー!!」
「うるせー!ちょっと黙ってろ」
優牙は美緒の頭に拳を落とすと、蓮を睨み付けた。
「待ち伏せなんて、まるでストーカーだな」
「違うよ弟君。これは愛だ」
「その思い込みがストーカーなんだよ!」
優牙は美緒の腕を掴んで、蓮を突飛ばして歩きだした。
「弟君、鍵を掛け忘れてるよ」
「いいんだよ!鍵掛けたら姉ちゃんが家に入れなくなるだろ!」
「え?それはもしかして・・・」
蓮が優牙に引き摺られている美緒を見ると、美緒は『正解!』というように二回頷いた。
「姉ちゃんが何度も鍵無くすから、うちは戸締まりするのやめたんだ」
「それは・・・凄いね。泥棒が入るんじゃないかい?」
蓮のもっともな意見を、美緒が肯定する。
「泥棒入るよ!でもお父さんとお母さんが、逮捕するからいいのでしゅ!」
「うちの両親警察官だからな。お前もストーカーの容疑で逮捕されちまえ」
いくら警察官だからといって家に鍵を掛けないなんて、普通はあり得ないだろう。
蓮は、美緒の両親も美緒同様変り者に違いないと、自分の事は棚に上げて思った。
そうして優牙が歩いていると、ふいに美緒がビクリと身体を強張らせた。
「あ?どうした?」
優牙は立ち止まり、美緒をしっかり立たせてやる。
すると美緒は、怯えた表情で優牙にしがみついた。
「コロの声がするでしゅ・・・」
優牙が前方を見ると、丁度石田さんの家から、小型犬が元気に飛び出してきた。
美緒はコロが苦手だ。
コロは優牙の命令には従うが、それ以外の者の言葉には全く耳を貸さない。
特に美緒の事は完全に自分より格下と見なしているようで、会うと必ず馬鹿にした表情で、襲いかかってくるのだ。
飼い主である石田夫人はコロを溺愛していて、何をしてもニコニコ笑うばかりで、躾けようとする気配はない。
優牙は「ああ・・・」と溜息混じりに呟くと、呆れた表情で美緒を見た。
「狼が犬を怖がるな」
「だって・・・」
益々強くしがみつく美緒に溜息を吐いて、優牙はこちらに向かって走ってくるコロに、強く命じた。
「止まれ!」
するとコロがピタリと動きを止める。
「座れ。動くな」
命令通りお座りをしたコロの後ろから、石田夫人が「コロちゃーん!」と叫びながら追いかけてきていた。
「まったく、ちょっとは躾けろよ。ほら、行くぞ」
優牙はしがみつく美緒をそのままに歩きだそうとする。
「―――――え?」
しかし、その横を猛烈な勢いで走り抜ける者がいた。
「さ、佐倉君!?」
蓮は美緒の声などまったく聞こえていない様子で、コロのもとに一直線に駆けていった。