第26話
「美味しい・・・!」
「でしょお。優牙は市販のカレールーを使わないんだよ。数種類のスパイスを合わせて作るの」
「へえ。そうなんだ」
「この味に辿り着くまでは、カレー専門店を食べ歩いて試行錯誤してたんだよ。暇人だよねー」
隣合わせに座り、カレーを食べる美緒と蓮の間に、優牙がしゃもじを投げつけた。
「佐倉蓮!テメーがなんで食ってんだコラ!」
美緒がスプーンをペロリと舐めて、眉を寄せる。
「いいじゃない。ケチくさいこと言わなくても」
「僕、いつもコンビニ弁当だから、こんな美味しいカレー食べる事が出来て嬉しいよ」
優牙がチッと舌打ちをして、もう一枚皿を出した。
「いつもコンビニ弁当って、お前のとこも親が忙しいのか?」
優牙は美緒の向かいの席に座り、行儀よく手を合わせてからスプーンを手に持った。
「佐倉君は、無駄に広いマンションで一人暮らしなんだよ。それでフォークが無いの」
優牙が眉を寄せ、美緒をスプーンで指す。
「おいこら待て。姉ちゃんがなんでそんな事知ってんだ?まさかそいつの家に行ったんじゃねーだろーな」
美緒はキョトンとして首を傾げた。
「そうだけど?」
「危ねーだろ!男の一人暮らしの家に行くなんて!」
「そうかなぁ?」
呑気な美緒に、優牙のこめかみがピクリと動く。
「姉ちゃんみたいな馬鹿は、上手く言いくるめられて、やりたい放題されるぞ。身も心もしゃぶり尽くされて、ボロボロになって捨てられるんだよ」
美緒が「えっ?」と驚いて隣を見ると、蓮は心外だと言わんばかりに眉を寄せた。
「弟君、僕は女性には全く興味が無いんだよ。犬が好きなんだ。だから安心していいよ」
「おお!そうだったのか。それなら安心―――――って、そんな訳あるかー!」
「優牙、見事なノリツッコミ!」
パチパチと手を叩いて喜ぶ美緒にスプーンを投げつけ、優牙はテーブルをドンッと拳で叩いた。
「女に興味の無い青少年なんて、いる訳ねーだろ!紳士振って、油断したところを食う積もりだな」
「疑い深いなぁ。世の中にはいろんな人間がいるものだよ。おかわり」
皿を差し出す蓮に、優牙は口元を引きつらせる。
引ったくるように皿を奪い、乱暴にご飯とカレーをよそって蓮の前に置く。
「いや、本当に美味しいね。毎日こんな料理が食べられたら最高だね」
「うるせー。俺はそんなお世辞で誤魔化されねーぞ。姉ちゃんサラダもちゃんと食え」
結局、蓮は優牙に睨まれながらも、図々しく腹一杯食べた。
そして後片付けの段階になると、蓮は優牙を手伝い皿などを洗い、手伝うと逆に邪魔な美緒は、ソファーにだらしなく寝転びテレビを観ていた。
「弟君、お姉さんの使うお皿はプラスチック製なんだね」
「ああ、姉ちゃんにガラスや陶器は厳禁だ。すぐ割っちまうからな」
「・・・成る程、確かに」
割られてしまった自宅の皿を思い出し、蓮は頷いた。
「・・・さて、そろそろ帰ろうかな」
蓮は捲っていた袖を元に戻しながらキッチンから出て、リビングの隅に置いてあった黒い大きなゴミ袋を抱えた。
「お邪魔しました。カレー、とても美味しかったよ」
「あぁあああ!ちょっと待ったー!!」
さりげなく毛を持って帰ろうとした蓮に気付いた美緒が、勢いよく走ってくる。
「おっと!危ない」
咄嗟に蓮は横に飛び退き、美緒が頭から壁に衝突して床に倒れる。
蓮はゴミ袋を抱えたまま倒れた美緒を飛び越え、リビングのドアを開けた。
「姉ちゃん!おいこら待ちやがれ!」
キッチンから優牙が飛び出し追いかけたが、蓮は素早く靴を履いて逃走する。
優牙が家の外に出た時には、すでに何処にも姿が見当たらなかった。
「なんて速さだ。俺が追いつけないなんて・・・!」
悔しさに強く拳を握りしめ、誰もいない道を睨み付けていると、頭を両手で押さえよろめきながら、美緒が家から出てきた。
「うぅ・・・、痛い。優牙、私の毛は?」
「・・・逃げられた」
「ええ!?」
「ああ!?なんか不満があるのか!?」
優牙は美緒の両頬を掴むと思いきり引っ張った。
「抜け毛を拾い集めるなんて気持ち悪い事しやがって!そもそも佐倉蓮を家に連れてきたお前が悪いんだろ!そうだろ!?」
「いひゃいいひゃい!ゆふきいひゃいー!」
美緒の絶叫が御近所に響き渡った。