第25話
「こ、これは・・・!」
蓮はゴミ袋の中の物を、そっと掴んで出した。
指の間からサラサラと零れる上質な茶色の毛。
「これは・・・、ハニーの毛だ!」
袋一杯に入った狼毛に、蓮が目を見開く。
「一体何故?こんな所に、こんなに沢山」
蓮から数歩離れた場所で、美緒がガクリと膝をつき、うなだれた。
「あぁ・・・。駄目って言ったのに」
蓮はゴミ袋をギュッと抱き締め、美緒に厳しい視線を向けた。
「大上さん、これはどういうことかな?何故ハニーの毛がこんなに?まさかと思うけど、ハニーに何かよからぬ事をした訳では、ないだろうね」
その言葉に、美緒はキッと顔を上げ、蓮を睨み付けた。
「『よからぬ事』って何ですか!?それは私の物です!駄目って言ったのに乙女の秘密を暴くとは、なんと鬼畜な!市中引き回しの上、獄門を申し渡すです!」
「これは僕の物だ!毛一本たりとも絶対に渡さないぞ!」
激しく睨み合う二人。
蓮は袋の口を縛り直し、それを抱えて身構え、美緒は近くにあったモップを手に取り、柄を両手で握りしめ、振り上げた。
「おのれ佐倉蓮!成敗!成敗―――――って痛い痛い痛いー!!」
突然頭に走った痛みに、美緒は涙目になりながら、後ろを振り仰ぐ。
「あう!優牙・・・!」
美緒の頭を鷲掴みにした優牙が、鬼の形相で立っていた。
優牙はギリギリと指に力を入れて、美緒の耳に口を近付けた。
「おいこら、あれは何だ?」
「え・・・?盗人?」
「佐倉蓮の事じゃねえ!」
優牙は更に指に力を入れた。
「あの毛は何だ?って訊いてんだよ」
「あの毛は私のです!」
美緒がモップを放り投げて、自分の頭を掴む優牙の手首を両手で握った。
「抜けた毛を、一生懸命拾い集めてたんだから!例え優牙でもあげないよ!」
「要るか!・・・で?お前はアレで何をしようとしていた?」
「え・・・。それは・・・」
美緒の視線が彷徨い、優牙は美緒と自分の額をコツンと合わせた。
強制的に視線を合わされ、美緒が拗ねたように唇を尖らせた。
「・・・布団」
美緒が呟いた言葉に、優牙が眉を寄せる。
「だから、布団を作るの」
「・・・何だそりゃ?」
「羽毛や羊毛の布団があるんだから、狼毛布団があってもいいでしょ?『最高級狼毛布団』で大儲け―――――って痛いー!優牙痛いー!!」
優牙が指に思いきり力を込めた。
「お前は!何怪しい物作ろうとしてんだ、馬鹿が!誰が買うってんだそんなモノ!」
「枕もあるよ!」
「要らねーよ!」
「それ買った!」
「うるせーぞ佐倉蓮!会話に入ってくるな!」
優牙は美緒を突飛ばし、蓮に向かって右手を差し出した。
蓮が眉を寄せる。
「ん・・・?なんだい?」
「それを寄越せ。処分する」
蓮は目を見開いて、信じられないと言わんばかりに大きく首を振った。
「ハニーの毛を処分するだって!?何を言っているんだい弟君!」
「そうです!私の夢が!希望が!会社設立が!」
優牙は頬を引きつらせ、頭を掻き毟った。
「お前等と話してると、頭がおかしくなりそうだ」
「だいたい、肝心のハニーは何処に居るんだ?毛だけ見付かるなんて・・・!」
「・・・知らねーよ」
「嘘だ!怒らないから僕の目を見て答えろ!」
「・・・・・」
優牙は溜息を吐いて、美緒の襟首を掴んで階段へと向かった。
「腹減った。メシにするぞ」
「おおう、優牙。現実逃避とは情けない」
優牙の拳が美緒の頭に落ちた。