第24話
四つん這いの美緒が、泣きながら足跡と蓮の鼻血で汚れた床を、雑巾で拭く。
「さっさとやれ。そっちの隅がまだ汚れてるだろ?手を抜くな」
「はい、お姉様。あぁ、私も綺麗なドレスを着て舞踏会に行きた―――――」
優牙が美緒の頭を踏み、床にグリグリと押しつけた。
「やめろ。お前には魔法使いも王子も現れない。シンデレラに土下座で謝れ」
グリグリグリグリ。
「うぅ・・・。私のような者が、夢見てすみませんでした」
美緒は床を隅まで拭いて、ついでに血で汚れた蓮の顔も綺麗に拭いた。
「鼻血、止まった?」
蓮はティッシュをギュッと丸めて左右の鼻穴に詰め込んだ。
「ありがとう。大丈夫。さあ、捜索開始だ!」
蓮が勢いよく立ち上がる。
「・・・雑巾で顔拭かれたのに、平気なのか?」
優牙が汚物を見る目を蓮に向けたが、犬の事しか考えていない蓮が、その事に気付く様子はまったくなかった。
蓮はまず、目の前のリビングに続くドアを開いた。
部屋を見回し、ソファーの下やテレビの後ろまで見る。
「そんな狭いとこに居るわけねーだろ。オラ、早く雑巾洗って干してこい」
後半は美緒に言って、優牙は腕を組み、壁に凭れた。
リビングに居ないと分かると、蓮はキッチンへと向かった。
棚を一つずつ開けて中を調べる。
「優牙、今日の夕飯は何?」
雑巾を干して戻ってきた美緒が、優牙に訊いた。
「チキンカレー」
「わーい!チキンカレー好きぃ」
大上家の夕飯は、いつも優牙の手作りである。
忙しい両親と役立たずの美緒の代わりに、炊事洗濯掃除を優牙がやっているのだ。
蓮はキッチンの棚の中をすべて見ると、和室に向かう。
押し入れを開けて、中に入っていた布団も引っ張りだした。
「おい!布団片付けろよ!」
バスルームやトイレも見て回り、一階には居ないと分かると、蓮は二階への階段を上る。
上がってすぐ目の前のドアを開けた。
ベッドと机があり、机の上には漫画が積まれている。
「あう!乙女の部屋まで見るのでしゅか?」
美緒の抗議は無視され、蓮は電気をつけて、ベッドの下を覗く。
手を突っ込みベッドの下にある物を引っ張り出した。
「・・・あ」
出てきたのはブラジャーとパンツだった。
「洗濯物はきちんと出せ!」
優牙の拳が美緒の頭に振り下ろされた。
美緒の下着になど全く興味が無い蓮は、ベッドの下の捜索が終わると、クローゼットの中も調べ、隣の部屋に移った。
「俺の部屋。因みにこの隣は両親の部屋。捜すのはいいが、荒らすなよ」
蓮は残りの部屋も同じように捜し、ベランダも見たが、勿論犬など居ない。
「ほら、居ないだろ」
勝ち誇ったように言う優牙を蓮はチラリと見て、二階から更に上へと続く階段を指差した。
「この上は?三階?」
「いや、屋根裏。物置だ」
蓮が階段を上る。
屋根裏部屋の中には衣装ケースや工具類、電化製品それに何故か自転車までが、ぎゅうぎゅう詰めといった感じで押し込まれていた。
蓮は荷物をかき分けながら、奥へと進む。
「もう諦めろよ。何も居ないって、分かっただろ?」
「・・・・・」
部屋の奥まで行くと、蓮は悔しげに唇を噛みしめた。
「さあ、メシにするぞ」
優牙が美緒の肩をポンと叩き、階段を降りようとする。
「―――――クソッ!」
蓮は苛立つ気持ちを抑える事が出来ず、足下にあった黒い大きなゴミ袋を蹴った。
ボスッという音と共に、ゴミ袋が軽く浮き上がる。
それを見た美緒が目を見開いて叫んだ。
「ああっ!駄目!それは駄目!大事な物なのです!」
慌てて荷物をかき分け進んでくる美緒に、蓮は首を傾げ、足下のゴミ袋を見た。
「開けては駄目ですよ!」
「・・・・・?」
特に気にしてはいなかったが、美緒の必死な様子に中身に興味が沸き、蓮は固く縛られたゴミ袋の口に手をかけた。
「ああ!駄目だったら!」
縛り目を解き、中を覗いた蓮は、己の目を疑った。
「・・・え?これは!?まさか!」
蓮は驚きに震える手を、ゴミ袋の中に差し入れた。