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第23話

「ここが、大上さんのお家?」

「・・・はい、そうでしゅ」

 チョコレートを買った後ダッシュで逃げようとした美緒だったが、結局捕まり言いくるめられ、自宅の前まで蓮を連れて来てしまった。

「じゃ、じゃあ、送ってくれてありがとう。また明日」

 美緒は手を振るが、蓮が立ち去る気配はない。

 家をじっと見上げ、その身体はプルプルと小刻みに震えている。

「さ、佐倉君・・・?」

 蓮の異常な様子に、美緒が後退る。

「やっと、やっと再会できる」

 頬を流れる涙を拭うこともせず、蓮は両手を大きく広げた。

「今行くよ!ハニー!」

 蓮が走る。

 許可無く敷地内に入り、外壁に沿ってぐるりとまわり、玄関ドアの前に立つ。

「外には居ない!室内か!」

 蓮がドアノブを引っ張ると、ドアには鍵が掛かっておらず、あっさりと開いてしまう。

「い、いや、ちょっと、待って、佐倉く―――――」

 美緒の制止の声など、蓮にはまったく聞こえていなかった。

 家の中に入る蓮の後を、美緒は慌てて追いかけた。

「どこだー!!僕の可愛いハニー!どこだーっっ!!」

 靴のまま上がろうとする蓮に驚き、美緒は咄嗟にその足にしがみついた。

「うわぁっ!!」

 バランスを崩した蓮が転び、その上に折り重なるようにして、美緒が倒れる。

「離せ!邪魔をしないでくれ!」

「駄目です!土足厳禁!靴脱いでください」

「くそぉ!僕とハニーの愛を妨害する気だな!負けないぞ!」

「さっきから思ってたけど、『ハニー』って呼ぶのやめてください!キモい。背中ゾクゾクでしゅ!」

「ウオオオオ!!」

 蓮は手をギュッと握りしめると、しがみつく美緒をそのままに、ほふく前進し始めた。

「ああ!だから靴!脱がないと怒られるのです」

「どこだハニー!迎えに来たよ!」

「止まってぇー!ってゆーか、もう帰ってーっっ!!」

 その時、急に蓮の動きが止まった。

 美緒が漂う凶悪な気配にハッとして顔を上げると、エプロン姿の優牙が、怒りの形相で目の前に立っていた。

「佐倉蓮。テメーここで何やってんだコラ」

 優牙は片足を上げると、蓮の頭を容赦無く踏みつけた。

「うぎゃあ!優牙!『ガゴッ!』って音がしなかった!?今、佐倉君の顔面から!砕いた?骨、砕いた!?」

「姉ちゃん、何でこいつがここにいる?」

 優牙は美緒がしっかりと握りしめている小さな紙袋をひったくり、袋の中から綺麗に包装された箱を取出した。

「これは何だ?」

「え・・・?チョコレート」

「まさか佐倉蓮に買ってもらったわけじゃねーよな?」

「・・・・・」

「餌付けされてんじゃねーよ!」

 優牙は美緒の襟首を掴んで蓮から引き剥がした。

「それと、何度言えば分かる?家に靴のまま上がるなって言ってるだろ?」

「うぅ・・・、だって佐倉君が・・・」

「言い訳するな!さっさと脱げ!」

 美緒は泣きながら靴を脱いだ。

「俺はコレを捨ててくるから、その間に手を洗って、うがいして、着替えてこい。メシにする」

 優牙はコレ呼ばわりした蓮の襟首を掴んで、持ち上げようとした。

 しかしその時、蓮が突然ガバッと身を起こした。

 その顔を見た美緒が目を見開く。

「うぎゃあぁぁぁぁ!佐倉君、血、血」

 蓮の鼻から血が流れ、頬から顎にかけてを赤く染めていた。

 蓮は流れる鼻血を拭こうともせず、ゆっくりと顔を上げ、優牙を見た。

「・・・何たる試練。このような大きな壁が、僕とハニーの間に存在するとは。しかし、障害が大きければ大きい程、愛も盛り上がる。そうは思わないかい?弟君」

 蓮の異常な様子に、優牙が眉を寄せる。

「何言ってんだ?意味分かんねー」

 蓮は優牙の胸ぐらを掴んで、グイと引っ張った。

「ハニーは何処だ?」

「ハニー?」

「茶色の、柴犬位の大きさの、僕の可愛いハニーだよ!」

「・・・・・」

 優牙は盛大な溜息を吐いて、蓮の手を引き剥がした。

「犬・・・ね。そんなもんうちには居ねーよ」

「嘘だ!」

「嘘じゃねーよ。『犬』は居ねー。納得出来ないなら、家ん中探してみれば?」

 蓮と優牙が睨み合う。

「火花が・・・!見えない火花が散っている!うおぉ、熱い!」

 優牙が美緒に拳骨を落とした。

「・・・ハニーを見付けたら、連れて帰る。いいな」

「好きにしろ。だがその前に―――――靴を脱ぎやがれ!」

 優牙は思いきり力を込めて、蓮の足を蹴りつけた。


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