第22話
外がすっかり暗くなった頃、美緒は勉強を終えて、帰り支度をしていた。
蓮の授業は、驚く程分かりやすかった。
「佐倉君、立派な先生になれるよ!」
うんうんと頷く美緒に、蓮が笑う。
「ありがとう。でも僕は父の会社を継ぐから、先生にはならないけどね」
「なるよ。ヨシヨシ先生が言ってたもん。『教員決定』って」
蓮は首を傾げたが、あまり深く考えずに腕時計に視線を落とした。
「遅くなったけど、家の人には怒られないかな?」
「んー、大丈夫。うちの両親仕事忙しくて、朝早くて夜遅いから。お母さんは今日休みだったけど、急な呼び出しで会社行ったって、愛ちゃんが言ってた」
「河内さんが?」
二人は立ち上がって、玄関へと向かう。
「うん。お母さんさら優牙の携帯にメールが送られて、更に優牙が愛ちゃんにそれを転送して、愛ちゃんが私に教えてくれたの」
「・・・大上さん、携帯持ってないの?」
美緒はガクリと肩を落として、溜息を吐いた。
「昨日、佐倉君から逃走中に落としたでしゅ。私、何台も落としたり壊したりしてるから、お母さんが『もう美緒に携帯は必要ありません』って」
「・・・大上さんって、どんくさいよね。よく怪我してるし」
美緒はキッと蓮を睨み付けた。
「違います!どんくさくなんてありませ―――――あう!」
靴を履こうとして躓いた美緒の腕を、蓮が掴んだ。
「・・・ありがとでしゅ・・・」
蓮は安堵の溜息を吐いて、美緒を見た。
少し一緒に居ただけだが、美緒が驚く程ドジだということが、よく分かった。
数少ない皿が、既に二枚美緒の手により割られている。
意外なことに、勉強は飲み込みが早く、成績低迷の原因が単純に授業を聞いていないからだということが判明した。
集中力とやる気が無く、すぐに妄想の世界に旅立つのが、問題なのである。
それを今後、どのように修正していくかが、蓮の課題であった。
「お邪魔しました」
無事靴を履き、ペコリと頭を下げる美緒を蓮は撫でて、自分も靴を履いた。
「家まで送るよ」
「え?一人で帰れるからいいよ。ってゆーか、家の場所探ろうとしてる?」
「・・・そういう勘は働くんだ」
蓮は美緒を玄関から押し出すと自分も出て、ドアに鍵を掛けた。
「こんなに暗いのに、一人で帰るの?怖いおじさんに攫われちゃうよ」
蓮の言葉に美緒が一瞬不安そうな顔をする。
「だ、大丈夫だもん!走って帰るから!」
蓮は屈んで美緒と視線を合わせると、少し首を傾げた。
「・・・そっか、残念だな。頑張ったご褒美にチョコレート買ってあげようと思ったけど、いらないんだ」
「・・・え?」
「チョコレートの専門店があるんだよ。とっても美味しいんだけど、いらないんだ」
美緒の視線が彷徨う。
「もうすぐ閉店の時間だけど、急げば間に合うよ」
「・・・行く!」
蓮はにっこり笑って、美緒の頭を撫でた。
「いい子だね」
マンションの廊下を「チョコレート!チョコレート!」と、歌いながらスキップする美緒を見て、蓮は呟いた。
「お馬鹿さん。よく今まで無事に過ごしてこれたな」
こうして美緒は危ないお兄さんに連れられて、家に帰ったのだった。