第21話
学校を出て、美緒の家とは反対方向に十分程歩いたところに、蓮の住むマンションはあった。
「どうぞ、上がって」
「お邪魔しまーす」
蓮に促されて、美緒は靴を脱いで中へと入った。
「奥がリビング」
美緒が奥に進んでドアを開ける。
「・・・何これ?」
美緒はドアノブを持ったまま首を傾げた。
そこは、見事に何もない部屋だった。
「ああ、ちょっと待ってて、テーブル持ってくるから」
蓮は玄関脇の部屋に入って行くと、中から小さな折り畳み式のテーブルを持ってきた。
「ごめんね。こっちの部屋はあんまり使わないから、何も無くて」
蓮は美緒の背中を軽く押して部屋の中央まで行くと、テーブルを置いた。
「座って。ごめん、コップも無いから、ペットボトル直飲みになるよ」
美緒はキョロキョロと周りを見て、疑問を口にした。
「なんで、こんなに何も無いの?」
コンビニで買ってきたジュースをテーブルに置きながら、蓮が「しまった」と呟く。
「ごめん。皿はあるけどフォークが無い。ケーキ買ってきたのに・・・、どうしよう、割箸で食べる?」
蓮はキッチンへと行き、皿と割箸を持ってきた。
「一人暮らしだから、必要最低限のものしか置いてないんだ」
「一人暮らし?こんなに広いのに?」
美緒が驚きに目を瞠る。
「自分でも広すぎると思うよ。部屋四つもあるし」
蓮は皿の上にケーキをのせて、美緒の前に置いた。
「お家の人と一緒に住まないの?」
「実家からじゃ遠くて悠真には通えないから、一人暮らししてるんだ」
「へー。そこまでして悠真に通ってるんだ」
感心する美緒に、蓮は苦笑した。
「元々は実家の近くの高校に通ってたんだけど、急に両親に『悠真学園に転校してくれ』って土下座されて」
「へ?土下座?」
美緒が首を傾げる。
「僕が悠真に行かないと、会社が潰されるって・・・、ああ、うちの父は会社を経営しているんだ」
「へー!社長さんなんだ」
「何だかよく分からないんだけど、いつの間にかこんなマンションまで用意して、勝手に転校の手続きまでされてしまったんだ」
美緒は「ふーん、そうなんだー」と言いつつケーキを箸で食べようとしたが、ハッと何かに気付いて、蓮を見た。
「と、いうことは、二人きりで勉強を教えてもらう、これは『鬼畜家庭教師編』突入の予感!」
「・・・なにそれ?」
蓮が眉を寄せて自分の前にあるケーキを箸でつつく。
美緒は箸をグッと握りしめて身を乗り出した。
「鬼畜家庭教師は、女生徒を自分の膝に乗せて、色々口には出せないような事をしながら、勉強を教えるのです!」
「・・・・・」
「問題が解けたら『ご褒美』と言ってイタズラし、解けなかったら『お仕置き』と言って、やっぱりイタズラするのです!」
「・・・・・」
「そして必ず、女生徒の親にはウケがいい!『先生のおかげで成績が上がった』なんて感謝されるのです!」
「・・・・・」
「ああ、だけど、はじめはあんなに嫌だったのに、いつの間にか先生にされる事が快感になってきて・・・!このままではいけない!私の身体、どうしちゃったの!?先生から離れなきゃいけない、でも離れられない!」
美緒は自分の肩を抱きしめた。
「私、どうすればいいの!?」
「・・・大丈夫だよ」
ペットボトルの蓋を開けて、蓮はジュースを飲んだ。
美緒が語っている間に、ケーキも食べ終わっていた。
「僕は人間の女性に興味無いから。犬にしか恋愛感情抱けないって知ってるよね。たとえ大上さんが裸でいても何の反応もしないから、安心していいよ」
「おおぅ・・・、あっさりカミングアウト。まだ鬼畜家庭教師の悲しい過去を話してないのに」
美緒は座り直すと、ケーキに箸を付けた。
「美味しー!!」
「よかったね。残りのケーキは勉強が終わってから食べようね」
「えーっ!!」
膨れっ面の美緒を無視して、蓮は鞄から教科書とノートを取出した。