第20話
ショートホームルームが終わり、ダッシュで帰ろうとした美緒の腕を、蓮が掴んだ。
「嫌ー!帰るー!帰るったら帰るー!!」
なりふりかまわず暴れる美緒の身体を蓮はがっちりと抱え込んだ。
「今日は逃がさないよ」
「嫌ー!誰か助けてー!犯されるー!」
「人聞きの悪い事言わない!お菓子買ってあげるから、一緒においで」
「・・・え?」
美緒の動きがピタリと止まる。
蓮は身体を離すと、少し屈んで美緒と視線を合わせた。
「ジュースも買ってあげる」
「・・・・・」
美緒の視線が彷徨う。
「そうだ、ケーキも好きかな?」
美緒が少し迷って、コクリと頷いた。
「じゃあケーキも買おう。家の近くに、美味しいケーキ屋さんがあるんだよ」
「ケーキ・・・」
「そう、ケーキ」
「・・・いっぱい買う?」
上目遣いで首を傾げる美緒に、蓮が微笑む。
「好きなだけ買ってあげる」
美緒が嬉しそうに笑った。
「行く!」
「いい子だね」
蓮は美緒の頭を撫でると、手を繋いだ。
その時、二人の後ろから声が聞こえた。
「・・・なんだか、誘拐の瞬間を目撃した気分ね」
二人が振り向くと、呆れ顔の愛が立っていた。
「美緒、佐倉の家に行くの?」
美緒は笑顔で元気よく答えた。
「うん!」
「私は一緒に行かないわよ。それでも行くの?」
「うん!ケーキ買ってもらうの!」
「・・・・・」
愛は溜息を吐いて、額に掌を当てて目を閉じた。
「・・・佐倉、ちょっとだけ美緒を借りるわよ」
愛は美緒の襟首を掴むと、引き摺るようにして自分の席へと連れて行った。
「な、何?愛ちゃん」
「一応、三好先生と約束したからね・・・」
キョトンとする美緒の首に、愛は自分の首に掛けていたネックレスのような物を掛けた。
美緒が不思議そうに首を傾げてそれを見る。
「防犯ブザー。危険を感じたら、先っぽを引っぱって逃げるのよ。それと―――――」
愛はスカートのポケットから取出した物を、美緒の胸ポケットに入れる。
「防犯スプレー。嫌なことされたら佐倉の顔に吹き付けてやりなさい。それと―――――」
愛は鞄から袋を取出し、美緒の手に握らせた。
「スタンガン。これもあげるわ」
美緒は目を丸くして、愛を見た。
「愛ちゃん色々持ってるね」
「パパが、『悪い人間に捕獲されそうになったら使いなさい』ってくれたのよ。私はまだ他にも持ってるから、美緒にあげる」
愛は美緒の肩に手を置いて、真剣な表情をする。
「いい?自分の身は自分で守るのよ」
「あ、なんかそれ、前に誰かに言われたような気がする」
「気を付けていってらっしゃい」
愛は美緒を反転させると、ポンと背中を押した。
「うん。愛ちゃんありがとー!」
元気よく蓮のもとに走って行く美緒を見て、愛は溜息混じりに呟いた。
「大丈夫かしら、あの子・・・」
美緒は蓮と手を繋いで、『お菓子、ジュース、ケーェキ!』と、歌いながら教室を出て行った。