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優牙の花 2

「……誰?」

 玄関で警戒する女性に、優牙はフライパンを振りながら笑顔を向ける。

「おかえり」

 言いながら、女性の姿をしっかりと見る。肩までの黒髪、日焼けしていない肌、気の強そうな目。

 女性が眉を寄せてもう一度訊く。

「誰?」

「まあ、上がれよ。メシ食うだろ?」

 子供たちが口々に言う。

「姉ちゃん、めちゃくちゃ美味いぞ」

「肉、久し振りだね」

「おかわり!」

 女性は小さく唸り、子供たち――弟妹を睨んだ。

「あんたたち、知らないヒトを勝手に家に上げて。危ないでしょ?」

「だって……同族みたいだから……」

 最初に優牙をアパートに案内した男の子が箸をくわえて上目遣いで姉を見る。

 優牙はフライパンを火から下ろし、子供たちが囲む小さなテーブルの上の皿に、その中身を豪快に盛った。

「肉!」

 子供たちの目が輝き、優牙が声を出して笑う。

「いっぱい食べろ」

 女性が目を眇めて優牙を見つめた。

「で、誰?」

「大上優牙。悠真学園教師」

「その、何とか学園の教師が何の用?」

「スカウトに来たんだよ、白方花代さん」

「…………」

 優牙はフライパンを置いて、いまだに玄関に佇んでいる花代の元まで行くと、その頭を撫でた。

「何するんですか!」

 花代が優牙の手を乱暴に振り払う。それを全く気にしない様子で、優牙は花代に顔を近づけた。

「大人びて見えるけど、まだ未成年だって? 高校を中退したらしいな」

「…………」

「高校をやめたのは、生活を支える為か? 大変だな」

 花代が低い声を出す。

「いろいろと調べてくれたみたいじゃない」

「そうだな。いろいろ調べた」

 花代の両親は、一年程前、花代が高校二年の時に事故で他界した。もともと厳しい生活をしてきた花代たち家族には財産と言えるものも当然なく、花代は高校を中退して働き始めた。

 といっても、未成年の姉弟がそれだけで生活できていけるはずがない。花代の働き口があっさり見つかったのも、アパートから追い出されないのも、裏で動いている者がいるからだ。そして裏で動いている者、それは優牙にこの姉弟の存在を教えた人物に他ならない。

「そんなに警戒しないで、話だけでも聞いてみろよ」

 優牙が顎をしゃくる。花代は一瞬考えるそぶりを見せ、それから靴を脱いで室内に入ってきた。

「で、話って?」

 畳に座りながら、花代が訊く。

 優牙も畳に座り、花代をじっと見つめた。

「その髪は染めているのか? ヘアカラー代も馬鹿にならないだろう?」

 花代が咄嗟に髪に手をやり、それから自嘲するように笑った。

「ここに来たのだから、当然知ってるか……」

 優牙が口の端を上げる。

「白狼……、大昔に絶滅したと聞いていたんだけどな」

 白い毛の狼、『白狼』。狼人間の中でも特に高い能力を持つ一族。吸血鬼さえその力を恐れたという、もはや伝説でしかなかった白狼人間がまだ存在していたなど、理事長から知らされるまで思ってもいなかった。

「そうね。白狼は、ここに居るので全員のはずよ」

「生活、大変そうだな」

「だから?」

「悠真学園って知ってるか?」

「知らない」

 白狼が住むこの場所と悠真学園は少々離れている。それでも、人外の間で学園は有名なのだから、知っていてもおかしくないはずだ。

「人外の知り合いは?」

「いない」

 学園の存在を知らないのは、他の人外と一切の親交がなかったからなのだろう。

「悠真学園は、人外の生徒を受け入れている学校だ。人外の生徒へのサポート体制がこれほど整っている学校は他にはない」

「それで?」

「ところが、最近教職員が不足していてな。まあ簡単に言うと、――君たちの内の数人が職員になるのを条件に、君たち家族が不自由なく生活できるようにしよう。弟妹は学園の小中学校に転入。君も諦めていた大学に通える」

「…………」

「弟君は中学三年生だろう? でもこのままでは進学なんて無理だ」

「…………」

 どうだ? という優牙に、花代は疑いの眼差しを向けた。

「突然来て、そんな甘い条件出してくる奴を信じると思うの?」

「甘くない。学園の教職員は地獄の忙しさだからな」

「両親が亡くなってから、私たちの周りに不快なにおいが微かに漂っていたのだけど、あなたのお仲間?」

「ああ、それは理事長だ」

 優牙は立ち上がって部屋の隅に置いていた鞄の元へ行き、その中からパンフレットと書類を取り出した。

「学園の資料だ。こっちが人間に配っているやつで、こっちが人外用。君たちは人間のクラスに入ることになる。容姿が人間に近い者や、狸とか狐とか人間に化けられる奴らは人間のクラスに入ることになっている」

 花代に資料を渡し、優牙はそのまま玄関へと向かう。

「考えておいてくれ。――また来るからな」

 花代の視線を背中に感じながら、優牙はドアを開けて外へと出た。


◇◇◇◇


 玄関ドアが開く音が聞こえ、優牙は鍋を手にしたまま振り向いた。

「よお、おかえり」

「おかえり、姉ちゃん」

「おかえり」

 元気に挨拶してくる優牙と弟妹たちに、花代が舌打ちをする。

「あんたたち、餌付けされちゃ駄目でしょ?」

 だって、と唇を尖らせる弟妹たち。花代は溜息を吐いて優牙に視線を向けた。

「また来たの?」

 優牙が笑う。

「今日こそはいい返事を聞かせてもらいたいんだけどな」

 あれから、優牙は花代の元に足しげく通っていた。

 花代が顔を顰める。

「私達は、これまでもこれからも姉弟妹の力を合わせて頑張っていくからご心配なく」

 心配と言えば……と優牙は腰を下ろし、畳の上で胡坐をかいた。

「俺が初めてここに来た少し後に、人外売買組織の一つが壊滅したんだ。これで捕獲される心配もなくなった。人外は暫く安全だろう」

「それで?」

「安全になったところで、学園の見学に来ないか?」

 花代が軽く目を見開く。

「見学……?」

「勿論、交通費や宿泊費はこちらが持つ。弟妹たちと一緒に観光気分で来てくれればいい」

「…………」

 花代がじっと優牙を見つめる。

「あなたの目的は何?」

「だから、学園の職員に……」

「それは『学園』の目的でしょう? 私が訊いているのは『あなた』の目的」

 優牙が頭を掻く。

「あ? 言っていいのか? ここで?」

「…………」

「分かってるんだろう?」

 花代が優牙を睨む。

「白狼であれば誰でも?」

「いや、そうじゃないし、正直に言えば現時点で君にそんな感情も無い。まあ、将来もしかしてそういう選択肢もあるかなというだけの話だ」

 優牙は後ろを振り向き、子供達に言った。

「旅行に行くぞ」

 子供たちが歓声を上げる。

「ちょっと、勝手に……!」

「まあ、いいじゃねーか。ちょっと旅行に行くくらい」

 優牙は花代の肩をポンポンと叩いた。


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