最終話(大団円だと言ってください編 終了)
窓際に立って外の暗闇を見つめる美緒に、夜食の片付けをして寝室へと入ってきた蓮が訊く。
「そんなところに立って、どうしたんだい、美緒」
「ん?」
美緒は振り向き、苦笑する。
「うーん、いろいろ思い出してた」
蓮が微笑んで頷く。
「いろんなことがあったよね」
「あの日、昇降口での衝撃的な出逢いを、僕は今でもはっきりと覚えているよ」
「うん。蓮君とは違う意味で衝撃的だったあの出来事を、私も一生忘れられないと思う」
美緒が手を伸ばし、蓮の胸に掌を押し付ける。見た目よりずっと逞しい蓮の身体を、美緒の掌が確かめるように滑る。
「あの時は、蓮君とこんな風になるなんて思わなかった」
とんでもない変態に捕まったと嘆いていたあの頃が懐かしい、と美緒が目を細める。
顔中を舐められる恐怖、どこまでも追いかけられて、ついに逃げるのを諦めたあの日。変態は嫌だと嘆いていたのに、いつの間にか好きになっていた。勉強も変身のコントロールも、蓮がいたから頑張れた。悩んで泣いて、辿り着いた新境地。新たな自分へと生まれ変わり、変態行為も愛せるようになった。
「そう? 僕は思っていたよ、絶対に逃しはしないって」
「おおう、怖い」
美緒が頬に両手を当てて、わざとらしく目を見開く。そんな美緒の額を蓮が指先で突く。
「僕の、僕だけのハニー」
蓮は美緒を抱きしめた。
「離さない。誰にも渡さないよ」
「うん」
「やっと、手に入れた」
「……うん」
蓮の温もりが、美緒を満たす。
そうして強く抱き合った後、美緒は少しだけ身体を離して「ところで……」と蓮に訊いた。
「何を持っているんでしゅか?」
部屋に入って来た時から気になっていた。蓮は美緒に隠すかのように、何かを手に持っている。
うん、と蓮がとろける様な笑顔を美緒に向ける。
「実は、新しいリードを買ってきたんだ」
蓮は手を上にあげ、細く黒いリードを床に垂らした。リードの先には、あの赤い首輪が付いている。
「…………」
「…………」
まさか、と美緒は眉を寄せた。
「それをはめろと?」
「うん」
「リードもつけろと?」
「うん。この首輪をはめて、このリードをして美緒と――したい」
笑顔で頷く蓮に、美緒は若干の恐怖を感じて叫ぶ。
「要求が、要求が激しさを増していく! どこまで行くの、私。でも――」
美緒は背伸びをして、蓮の首に腕を回した。
「大好き……!」
月に照らされた影が歪む。
「僕も大好きだよ。首輪、はめてくれるかい?」
「喜んで!」
愛を確かめ合うかのように、一人と一匹は強く抱き合った。