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第110話

 美緒が牢に近づく。布ではない。ふさふさとしたそれは――。

 美緒は立ち止まり、声を上げた。

「あ、お父さん」

 床に転がっていた毛皮がゆっくりと動き、顔をこちらに向ける。それは美緒の父親である拓真だった。

「うわ……」

 狼に変身している拓真だが、毛はところどころ抜け、血が滲んでいる。顔も腫れ、耳は少し千切れている。傷だらけのその姿に美緒が眉を寄せる。

「と、とりあえずここから出なきゃ」

 鉄格子を掴んで揺らすが、当然そんなことぐらいで牢の鍵が開くはずもない。

「えっと……」

 どうしよう、と呟く美緒の前に、『牢屋』と書かれたキーホルダーが付いた鍵が差し出された。驚いて振り向くと、微笑む理事長と目が合う。

「これ、そこに落ちていたんだけど要る?」

「要ります!」

 ひったくるようにして鍵を受け取り、美緒が牢の鍵を開ける。

「お父さん!」

「来るな!」

「感動の再会をいきなり拒否!?」

 ショックを受ける美緒の肩を、いつの間にか横に立っていた蓮が掴み、爽やかな笑顔を見せた。

「随分痛めつけられたようですね、お父さん」

「……貴様に父呼ばわりされる覚えはない」

 殺気立った視線を向けてくる拓真に、蓮が片眉を上げる。

「あれ? いいんですか? せっかく助けて差し上げようと思っていたのに」

 ふん、と拓真は鼻を鳴らし、鼻先を上に向けた。

「この首輪を見ろ。無理に外そうとすれば、爆発する仕組みになっている」

「爆発?」

 拓真の首には、確かに何か小さな機械のようなものがついた黒い首輪がはめられている。

「…………」

「…………」

 蓮が踵を返し、美緒が拓真に向かって小さく手を振った。

「じゃあね、お父さん」

「どうかお元気で」

 去って行こうとする二人に拓真が吠える。

「見捨てるのか、父を!」

「『来るな』って言ったじゃない!」

 美緒が振り向いて叫んだ。

「だからといってだなあ」

「お父さんは大事だけど、爆発には巻き込まれたくないの!」

「残念ですが、僕達ではどうすることも出来ません。爆弾処理班とか、それをどうにかできる人たちが警察にはいるのでしょう? 来るまでおとなしくしていてください」

 そのまま立ち去ろうとする美緒と蓮。しかしその時、二人の横をすり抜けて木村が躊躇なく牢の中に入った。

「木村先生、あ、あぶない……」

「おい、触るな。本当に爆発するぞ……!」

 おろおろとする親子を尻目に、木村がしゃがんで首輪に手を伸ばす。

「失礼」

 木村の手から出た冷気が首輪を包む。

「……なんだ、何をしている?」

「あ、首輪が凍った」

 拓真と美緒の声が重なる。

 木村は立ち上がると、ゆっくりと後ずさりながら拓真に告げる。

「外しても大丈夫です。……たぶん」

 拓真が眉を寄せ、美緒が悲鳴のような声を上げた。

「たぶん!?」

 拓真はじっと木村の目を見つめ、すぐに手だけを人間に戻して首輪を掴んだ。

「ヒィィ! 本当に大丈夫? ドカンといかない?」

 怯える美緒の目の前で、カチャ、という小さな音と共に首輪が床に転がる。首輪は爆発することなく外れた。

 大きく息を吐き、拓真が若干よろめきながら立ち上がる。

「助かった、感謝する」

 蓮がニッコリと笑った。

「礼なんて要りませんよ、お父さん」

「貴様に言ったんじゃない! ――ところで、屋敷の主はどこだ?」

「奥に居るようですが?」

「あのクソ野郎!」

 どこにそれ程の体力があったのか、拓真は床を蹴って走り出した。

「ああ、待って!」

 美緒達が追いかける。拓真は素晴らしい速さで地下室の奥まで辿り着くと、そこにあるドアに体当たりをし始めた。

「さっさと開きやがれ……!」

 体当たりを繰り返す拓真を見て、蓮がやれやれと溜息を吐き、刀を鞘から抜く。

「下がってください」

 言った瞬間、蓮が刀を振り下ろす。

「うおお!」

 間一髪、拓真は刀を避け、ドアはバラバラになった。

「貴様、俺ごと斬るつもりだったな!」

「やだなあ、そんなことしませんよ」

 なんの感情も籠ってない言葉を吐き、蓮が刀を収める。

 ねえ、と美緒が蓮の腕を引っ張った。

「今、一太刀浴びせただけだよね。なんでドアがバラバラに……ってふぎゃあ! お父さん、木村先生も!」

 ドアだったものを蹴り飛ばし、拓真と木村が部屋の中へと勢いよく入る。そして部屋の中に居た敵を咬みつき、凍らせた。

「屋敷の主はどこだ!?」

 拓真が苛立ちながら吠え、匂いを探ろうとするように鼻を上に向ける。

「いったい何処へ……」

 部屋を見回す木村。

 理事長がゆっくりとした足取りで部屋の中へと入り、美緒と蓮がそれに続く。

 理事長は「んー……」と顎に手を当てて周りを見回し、倒れている敵の一人に視線を向けた。

「意識があるのは……、コレでいいか」

 コレ、と言われた男の前に立つと、理事長は拓真に噛まれた腕を押さえて苦しんでいる敵の目を覗き込む。

理事長の目が光り、忌々しげに唇を噛んでいた敵の身体が一瞬ビクリと震えた。

「屋敷の主は?」

 理事長の質問に、敵の男は先程までとは別人のような笑顔をみせて頷いた。

「はい、こちらです」

 笑顔のまま男は歩いていき、机の下を指さした。

「脱出口か……」

 理事長が片眉を上げ、蓮が顎に手を当てる。

「罠が仕掛けられている可能性もありますね」

「コレに先に行ってもらおうかな。――行け」

 男が机の下に潜り、脱出口の中へと消える。その後を拓真、それから理事長と木村が追った。

「僕達も行くよ、美緒」

「う、うん」

 蓮に手を引かれ、美緒も脱出口に入る。

「あ、意外と広くて明るい。さっきの『コレ』さんと理事長先生達は……うお、速い!」

 既に先の方へと行っている理事長達を、美緒達は急いで追いかける。

「『コレ』さん足が速い。お父さんは変身してるからいいとして……理事長先生、飛んでるのって狡くないですか?」

 理事長が振り向く。

「それなら、滑っている木村先生だって狡いんじゃないのかな?」

「え?」

 木村は足元に薄い氷を張り、風を起こしてその上を滑っていた。

「木村先生、器用でしゅね」

 だから自分達より速く移動ができたのか、と納得しながら走っていると、

「ん? あのドアって……」

 梯子と出口らしきものが見えた。

 男が梯子を上り、そのドアを勢いよく開けて出る。美緒達も続いて梯子を上りドアを出て、

「え?」

 驚いた。

「あら、遅かったのね」

 ドアを出た瞬間、美緒達に周囲の視線が集まる。

「おかえりなさい」

「おかえりなさい、先生」

 生徒達に口々に言われて戸惑いながら、美緒は目の前にいる狼に訊いた。

「お母様、何をされていますか?」

 冴江が首を傾げる。

「何って、お腹が空いたから出前を頼んで、で、食事中。食べる?」

 生徒達は、何処から持ってきたのか地面にシートをひいて、まるで遠足の弁当の時間のように皆で食事をしていた。

「わあ、美味しそうなピザ! ――ってそうじゃない! 屋敷の主が……」

「主? アレのこと?」

 冴江が鼻先を後方に向ける。鼻が示した方向に視線を向けると、そこに縄で縛られた男が転がっていた。

「あれ……もしかして屋敷の主?」

「屋敷の中があの状態なんだから、脱出しようとするに決まってるでしょ? 出てきたところをみんなで捕まえたのよ」

 そんなことも分からないのか、と鼻で笑う冴江。

 地下に飛び込んで、危ない目に遭って、結局冴江が屋敷の主を捕らえたのか。

「……そうでしゅか」

 美緒は安心したような気が抜けたような複雑な気持ちでがっくりと肩を落とした。なんとなく冴江の手の上で踊らされていたような気もする。

 冴江が理事長に向かって告げる。

「出前の料金は学園に請求されるのでよろしく」

 理事長がくすりと笑った。

「分かりました」

「それから……」

 冴江は頭を振って器用にネックレスを外すと、それをくわえて理事長に向かって投げた。

「おや、返してくれるんですか?」

「あった方がいいでしょう? 龍と麒麟の治療をするのに、吸血鬼のパワーをたっぷりとため込んだその石が。その石といい、私達全員を守り続けた力といい……どれだけ強いの、あなた。是非一度本気で手合せをしてもらいたいわね」

 理事長が、その赤い唇の端を上げる。冴江も笑い、視線を右へと向けた。

「ああ、あっちも帰ってきたね」

 龍と麒麟を連れた優牙と愛、それに矢沢と馬田がこちらにやって来た。

 愛が美緒を見て片眉を上げる。

「あら美緒、怪我一つ無いなんて……」

「無いなんて、なんでしゅか。ここは親友の無事を喜ぶべき場面ではないのでしょうか?」

 美緒が頬を膨らませる。

 理事長は封印石の付いたネックレスを自分の首に掛け、ぐったりとしている龍と麒麟に視線を向けた。

「竜之介君と麟太君は、うちの病院へ連れて行こう」

 美緒が「え?」と首を傾げる。

「うちの病院って……。理事長先生、病院も経営してるんですか?」

「そう。うちの病院には『人外科』があるから、大上先生も何かあったら診察においで」

 蓮がパンと手を叩いて拓真に笑顔を向ける。

「ちょうど良かった、一緒に治療してらったらいかがですか、お父さん?」

「要らん。これくらいすぐに治る」

 拓真が吠えたその時、初めて拓真の存在に気づいたかのように、冴江が大きな声を出した。

「まあまあ! そこに居るのは、勝手に突っ走って敵に捕獲されたお父さんじゃないの? いたいけな生徒達が頑張っていた中、何の役にも立たなかったお父さん!」

 拓真が唸り、「うわー……」と小声で言いながら、美緒が眉を寄せて身体を引く。

「お母さん怖い……。目がやばいよ……」

 冴江は怒っている。そのことに気づいた美緒は、拓真から一歩離れた。本気の冴江は危険だ。巻き添えだけは絶対に嫌だ。

 理事長が周りを見回し、宴の終わりを告げるかのように手を数回叩く。

「さて、帰ろうか。残った料理はハルちゃんが持って帰りなさい」

 理事長に言われ、前後の口で食べ物を貪り食っていたハルが顔を上げ、明るい表情を見せた。

「あ、ありがとうございます!」

 後頭部の口がフライドチキンを飲み込んで、「ケケケケ」と笑った。まだまだ食べ足りなかったハルは、理事長の言葉がかなり嬉しかったようだ。

「ハルちゃんってすごく可愛くていい子だけど、食事風景は凄まじいよね」

 それだけ飢えていたということなのだろうか。満足できる食事が毎日とれれば……と美緒は、友人達の手を借りながら食べ物をかき集めるハルを見つめる。

「美緒、帰るよ」

「あ、うん」

 人外売買組織の者達が、どこからともなく現れた冴江の仲間達に連れられて行く。これで暫くは、人外が危険な目に遭うことはないだろう。

「悪い奴らをやっつけた」

「俺達強い」

「やったね、先生」

 生徒達が笑顔でバスに乗り込む。三好の怒鳴り声が聞こえた。

「こら、まだまだ悪い奴は沢山いるぞ。これからも油断するなよ」

「はーい」

 美緒、と蓮が夜空を指さす。

 闇夜に羽ばたく天狗達に、美緒は手を振る。吉樹が手を振り返して去っていく。

 人外売買組織を壊滅させ、美緒達はバスに揺られて学園へと戻った。


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