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第108話

<自分がいつ生まれたのか、私は知らない。

 ふと気づいた時に私は存在し、暗く湿った場所に横たわっていた。

 その場所がどこだったのかって? ……それも分からない。ただ、何かが腐ったような臭いと、微かな温もりだけを覚えている。

 その場所に何年か何十年か……もしかすると数日だったのかもしれない。ただ暗闇を見つめ続けた私は、酷い渇きの中で、意識を失うように眠りについた。

 そして次に目覚めた時、私はお日様の光の下に居た。眩しさに目を細めながら、私はふと気づく。

 ――誰かの腕の中に居る。

 懐紙で優しく刀身を拭いているその人は、私が目を覚ましたことに気づくと、赤黒い歯茎を剥き出して笑った。

「おお、起きたか」

 小柄だが逞しい、日に焼けた男だった。髪はボサボサ、髭も伸び放題、汚れきった着物からは異臭が漂っている。

 思わず顔を顰めた私に男は言った。

「生きている刀とは珍しいな。いや、もしかして狸か狐が化けているのか?」

「…………」

 私は答えられなかった。自分は刀であると思う。だけど刀という確証はない。

 私が返事をしないことを気にした様子もなく、男は懐紙を懐にしまった。

「随分汚れていたな。あんなところに居たのだから当然か」

 溜息交じりの言葉が気になり、私は口を開く。

「……あんなところ」

「おお、喋れるのか」

 男は私の質問には答えずに、顔を近づけて訊いてきた。

「お前、俺と旅するか?」

「…………」

 男の口臭に、私はまたもや顔を顰める。

「俺はな、斬るのが仕事なんだが、一緒にやるか?」

 斬るのが仕事、という男の言葉の意味は、すぐに分かった。男は金と引き換えに命を奪いながら放浪していたのだ。

 男は私を斬る道具として使った。身体は血に塗れ、しかし不思議とそれを嫌だとは思わなかった。そして私はあることに気づく。私は決して身体が丈夫ではなかった。旅は正直身にこたえる。それなのに斬った後だけ身体が軽く力がみなぎっているのは何故だろう。

 その疑問に答えをくれたのも男だった。

「俺はメシを食う。お前もメシを喰う」

 ああ、そうなのか。

『救いを……』

 一瞬だけ昔の映像が頭の中を駆ける。私はそうやってつくられた。その為に命を得た。

 どうやって?

 理解した、と思った瞬間にすべては消え、もう思い出せない。

「私は……」

 口を開いたその時、大きな音が背後から聞こえた。

 振り向けば、大きな獣――いや、獣でも人でもない。

「支配されちまったか」

 男は私を構え、それに立ち向かう。血が、私を満たした。

 私達はそれからも二人で旅を続けた。

「なあ……」

 男は言う。

「俺が支配された時は……」

 数年後、その時は訪れた。

 邪を斬り、邪に触れ、

「もっと喰え。喰わぬのなら……」

 堕ちる。

 ああ、そうだった。私をつくった人も……、だから。

 私は男を――。>


「もう行くよ」

「ああ! ここからがいいとこ――」

 蓮は刀を鞘に収めた。

 美緒が眉を寄せる。

「面倒くさい系の刀でしゅね。なんだか話もよくある感じな気がして胡散臭いし。何でこれを選んだんでしゅか?」

「僕が前の主と似ているらしくてね」

「邪に支配されたって男に?」

「うん。それでこそこそついてくるから、じゃあ一緒に行こうかって」

「へえ。でもこんな刀使ってたら、蓮君も邪に支配されるんじゃないでしゅか?」

「さあ、どうかな?」

 話しながら階段をおり、地下の空間に辿り着くと、

「……うわぁ」

 美緒が思わずうんざりとした声を上げた。

 後ろを付いてきていた矢沢も唸る。

「こんな地下に、大勢隠れていたのか」

 想像以上に沢山の敵が美緒達を待ち構えていた。

「うぅ……なんでこんなに次から次へとタイミングよく出て来るの?」

「あれで見ているからじゃないかな?」

 あれ、と蓮が指さした先に、監視カメラがあった。

 刀と馬田が美緒達に訊く。

「斬っちゃう?」

「射っちゃう?」

 やるしかないだろう。

 身構える美緒達。しかしそこで敵の中から「待て!」という声がした。

 訝しがる美緒達の前で敵がスッと左右に別れ、

「お前達、こいつらがどうなってもいいのか?」

 その後ろから、ぐったりとした龍と麒麟を引き摺りながら、あきらかに周りの敵とは立場が違う――おそらくは敵組織の幹部であろう男が現れる。

「竜之介君! 麟太君!」

 美緒が悲鳴のような声で龍と麒麟の名を呼ぶ。

 理事長が厳しい視線を敵に向けた。

「そうか、神通力の源である宝玉とツノを傷つけたのか」

 龍を引き摺っている男が鼻を鳴らす。

「ふん、まさか吸血鬼が生きていたとはな。だが、ここまでだ化け物ども。こいつらを殺されたくなかったら大人しくしろ」

 龍と麒麟は顔を上げる力も残っていないようだ。このままでは命にかかわる。すぐに救助しなくてはいけないが、しかし下手に動くのは危険だ。

 どうすれば――。

 美緒が唇を噛みしめる。と、その時、木村が溜息を吐きながら一歩前に出た。

「やれやれ、大人しくするのはあなた達ですよ」

 躊躇なく歩を進める木村に、美緒が目を瞬かせた。

「木村先生?」

「よくも、可愛い生徒達を傷つけてくれましたね。こんなに怒りを覚えたのは五度目です」

「結構あるんだ」

「この木村雪山きむらせつざんを怒らせたこと、たっぷり時間を掛けて後悔してください」

 そう言った瞬間、

「え? きゃあ!」

 突然、漂ってきた冷気に美緒が悲鳴を上げる。

「な、なにこれ! 寒っ、冷たっ、あうっ!」

 白く煙る視界。震える体を両腕で抱きしめ、そして――。

「……何が起こったの?」

 美緒は呆然とした。

「敵が……固まってる?」

 先程まで動いていた敵が、まるでそこだけ時間が止まったかのように固まっている。

 木村がふうっと息を吐いた。

「急速冷凍しただけです」

「急速冷凍って……」

 意味が分からず、美緒は戸惑った。では、これは木村の仕業なのか。

 木村は倒れている龍と麒麟の元へ行き膝を付いた。

「大丈夫ですか?」

 龍と麒麟が呻くように訴える。

「先生、宝玉が……」

「ツノも……」

 木村が振り向き、理事長を見る。理事長は頷いて龍と麒麟の元へと行き、状態を確認した。

「大丈夫。ツノも宝玉も適切な処置をすれば元通りになるよ」

 少し触れただけでそう言い、理事長は立ち上がり振り向いた。

「矢沢先生と馬田君は、この子たちを連れて脱出してください」

 矢沢が馬田から降りて自分の代わりに龍を馬田の背に乗せ、麒麟を若干ふらつきながら担ぐ。

「気をつけて」

 木村の言葉に手を挙げることで応え、矢沢たちは階段を上って行った。

「さて……」

 矢沢たちを見送った理事長が踵を返し、まるで遠くを見るように額に手を当てて奥に視線を向ける。

「……黒幕は更に奥、かな」

 行こう、と言って歩き出す理事長。木村と蓮も歩き出し、美緒は慌ててその後を追った。

「あの……」

 固まっている敵を気味悪げに見ながら、美緒が木村の腕をつつく。

「はい、なんですか?」

「木村先生っていったい……」

 これはとても人間の仕業には見えない。では、木村は何者なのか。

 木村が美緒に視線を向ける。

「私ですか? 簡単に言えば、雪男です」

「ゆきおとこ?」

「――と言ってもハーフですが」

 半分は人間ですよ、と笑顔を浮かべる木村を見つめ、美緒は呟く。

「雪男のハーフ。それで……」

「ええ」

 冷気を操る力があるのか。

「凄い力……ですね」

 人間さえ急速冷凍する力があるとは凄いが――少々恐ろしい気もする。

 上目遣いで見てくる美緒の恐怖心に気づいたのか、木村は声を出して笑った。

「そうですね。だから私も初めは驚きました」

「え?」

 首を傾げる美緒。

 木村が「ああ……」と溜息のような声を出す。

「私が雪男として目覚めたのは数年前。そう、療養の為に訪れた温泉でのことでした……」

「まさか先生も回想? また回想が始まるの?」

 もう回想は十分でしゅよ、という美緒の言葉を無視し、木村は遠い目をして語り出した。


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