第107話
「開け、我が手に宿りし第三の目よ! 今こそその力を示せ!」
「愚かなる人間どもに、鉄槌を!」
「この世を浄化する炎よ来たれ! 燃えろ、聖炎爆裂弾!」
美緒が悲鳴を上げて生徒達から逃げる。
「ヒイイ! やば、ちょ、みんな、先生ここに居ますよー!」
敵より味方の方が怖い、と美緒は涙ぐんだ。
敵のアジトに突入した直後、生徒と職員のなりふり構わない攻撃が始まった。だが、武器も身を守る手段も持たない美緒は、ひたすら逃げ回るしかない。
「みんな、罪を憎んで人を憎ま――」
「先生危ないよ!」
「――ぎゃあ! 浄化の炎が襲ってくる!」
火車、と呼ばれる炎を纏った猫が転がってきた。ぶつかる寸前に、蓮が美緒の襟首を掴んで引っ張る。火車は美緒の目の前を走って行った。
「ぼけっとしている暇はないよ、美緒」
「いや、ぼけっとしてるわけでは……」
蓮は美緒をポイとその場に捨てて、また敵に向かっていく。おろおろとする美緒の元にドワーフが来て、上目遣いで訊いてきた。
「先生、いっちゃう?」
小人なので背は小さいが、がっしりとした体つきをしていて力もとても強い。そのドワーフが、大きな斧を両手で掴んで振り上げる。
「ちょ、まって小山田君、いっちゃうって……」
戸惑う美緒の代わりに、少し離れたところに居た冴江が大声で答えた。
「いっておしまい!」
「ちょっと、お母さん!」
ドワーフの小山田が斧を振りおろす。すると、壁が大きな音を立てて崩れた。
「破壊力ありすぎでしょう、その斧!」
美緒の声が、爆発音にかき消される。振り向くと、ハルが掌に収まるサイズの何かを必死に投げていた。
「ハルちゃん、何処からそんなものを!」
冴江が美緒の側に来る。
「あんた何やってるの。麒麟と龍を早く保護しなきゃいけないよ。ついでにお父さんも」
「お父さんついで扱い……、じゃなくて、こんなに破壊しまくっていたら、見つかるものも見つからなくなるよ」
「しょうがないじゃない、思った以上に警備が厳しくて敵が多かったんだから。それに破壊しながら捜した方が早いと思うよ」
「あんまり破壊しすぎると、建物壊れちゃう!」
少しは加減しないと、という美緒を鼻で笑い、冴江は走って行く。また爆音がして、美緒の耳に優牙と生徒の会話が聞こえた。
「先生ー、コレの臓物食べていい?」
「こら、そんなもの食ったら腹壊すぞ。後でとびきり美味い臓物を肉屋に行って買ってやるから今は我慢しろ」
「買ってくれるの? やったー、優牙先生太っ腹!」
臓物が大好きな生徒達の歓声が響く。
「おおぅ、臓物パーティ開催の予感――うおお!」
目の前を何かが横切り、美緒が驚き固まる。蓮がやってきて、美緒の横の壁に刺さっていた矢を引き抜いた。
「矢沢先生からの矢文だね」
「矢文!?」
一瞬失いかけた意識を取り戻し、美緒は周りを見回す。
「いったいどこから放ったんでしゅか」
矢沢の姿はどこにも見えない。
蓮は矢文を読むと、それを近くに居た職員に回した。
「この先で、地下室へと続く隠し階段を見つけたらしい」
「地下室とはまたベタな……」
美緒が呆れたように言った時、
「敵軍に増援ですよ」
こんな時にも落ち着いている木村の声が聞こえ、どこから湧いて出たのか、と驚くほどの敵が現れた。
冴江が蓮に叫ぶように言う。
「ここは私達に任せなさい。あなた達は地下へ!」
冴江だけではなく、優牙と愛もここに残って敵を殲滅させるつもりらしい。任せろ、と言うように、愛の鞭が大きくしなった。
「じゃあ任せました。行くよ、美緒!」
蓮が美緒の腕を掴んで走り出す。
「でも――」
躊躇する美緒の背を、モスマンと呼ばれる蛾人間と牛の頭をしたミノタウロスが押す。
「先生、行って!」
「友達を助けて」
迫ってくる敵を生徒達が食い止め、蓮と美緒の為の道をつくった。
火球が飛び、かまいたちが起こり、咆哮が聞こえる。
広い建物の中をひたすら走っていくと、やがて、
「こっちです!」
と手招きする矢沢の姿が見えた。
「矢沢先生と馬田君! それに理事長先生と木村先生も!」
理事長が口角を上げる。
「遅いですよ」
「理事長先生と木村先生こそ、いつの間に移動してたんですか」
特に木村は、先程まで一緒に居た筈なのだ。初老と言ってもいい年齢の木村の行動の素早さに、美緒は驚いた。
弓矢を持った矢沢が、弓矢を持った馬田に乗りながら目の前の階段を顎で示す。
「この階段をおりれば、地下に行けるようです」
「馬田君と矢沢先生、なんでしゅか、そのダブル弓矢」
「一本の弓矢は折れやすいが、二本合わされば折れないと昔の人も言っていたでしょう?」
「あれって三本じゃなかったっけ?」
首を傾げる美緒の肩を、蓮が叩く。
「そんなことより、早く行くよ」
言うと同時に、蓮は躊躇なく階段を駆け下りながら刀を抜いた。
「蓮君!」
慌てて追いかけた美緒の前で、蓮は待ち構えていた敵を薙ぎ払う。
「安心して、峰打ちだよ」
「蓮君……、それ両刃……って、あれ? それ両刃の日本刀なんだ」
顔を近づけると、
「そうよ……」
かすれた声が刀から聞こえ、美緒は飛びあがった。刀身に現れた細い目が、じっと美緒を見つめる。
「ぎゃあ! 蓮君、日本刀に目と口が!」
「ああ、付喪神らしいよ」
蓮は軽く言って歩き出した。
「つくもがみ? 古いものに魂が宿るとかなんとか……ってやつ? へえ……」
初めて見た、と、また顔を近づけた美緒を、刀は睨んだ。
「両刃だからって……馬鹿にしないで……」
「いや、馬鹿になんかしてないでしゅよ」
「嘘、馬鹿に……ごほごほっ」
「ぎゃあ! 血を吐いた!」
刀が口から大量の血を吐いて、美緒はまたしても驚いた。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫よ。ただちょっと昔のことを思いだしただけだから……」
「昔のこと……?」
首を傾げる美緒。
刀が「ああ……」と溜息のような声を出す。
「主と共に邪に支配された人を成敗する、それが私の仕事だった……」
「え? もしかして回想? 回想が始まるの?」
刀は遠い目をして語りだした。