第106話
鬱蒼とした森の中をバスは走る。
「何処ですか、ここは……」
周囲に灯りは無く、バスのヘッドライトを頼りに進むしかない状況に、美緒は思わず呟いた。
「もうすぐだよ」
「一時間ほど前から『もうすぐ』と言ってませんか、理事長先生」
どんどんと人気が無く、暗い場所へと移動している。こんなところに本当にアジトなんてあるのかと不安になる美緒に、理事長が窓の外を指さして言った。
「あそこだね」
「ん……、どこですか?」
「ほら、灯りが見えないかな?」
「何も見えません」
「その先だよ」
「だからどこですか?」
美緒の視力は決して悪くない。唇を尖らせて目を凝らす美緒を、冴江が笑った。
「ああ、無理無理。理事長は目で見てるわけじゃないから」
目で見ているのではなかったら、何で見ているというのだろうか。美緒の疑問を冴江が笑う。
「封印を解いたでしょう?」
「封印……?」
美緒は理事長をじっと見つめた。
「……理事長先生」
「はい、なんですか大上先生」
「鋭い牙と赤い目と、急激に伸びた漆黒の髪が超怖いです」
うーん、と唸って理事長が苦笑した。
「そこなんだ。封印を解くと見た目が吸血鬼っぽくなるから、生徒にさりげなく交じって学園生活を楽しめないのが嫌なんだよ」
「吸血鬼っぽくじゃなくて、吸血鬼でしょう。ていうか、封印の理由ってそれだけですか? 巨大すぎる力がやがて世界を滅ぼすとか、そういうのじゃなくて?」
「世界を滅ぼす力を持っているのは、人間だけだよ」
「……はい?」
「と、どっかの偉い人が言っていたような」
「なんでしゅか、それ……」
首を傾げた美緒は、ふとあることを思いだして冴江に視線を向けた。
「封印と言えば、理事長先生の体内から出てきた赤い石は、何処に行っちゃった?」
「ここにあるよ」
冴江が顔を上げて自分の首元を見せる。美緒が「あ!」と声を上げた。
「石がもう加工されてネックレスに! お母さん仕事が早い!」
いつのまに、と驚く美緒に冴江は得意げに言う。
「似合う? 器用な生徒が多くて助かったわ」
バスに乗っている人外の生徒達にネックレスに加工してもらったのか。それにしても短時間で綺麗にできていると感心する美緒の前で、理事長も同じように感心する。
「アクセサリーの加工販売か。いいかもしれないね」
「おおう、理事長が商売人の目をしている」
茶化すように言ったその時、バスが速度を落とした。どうしたのかと窓の外に視線を向け、美緒は目を見開く。
「いかにもな洋館きた!」
理事長がくすりと笑った。
「いかにも、だね」
森の中に突如ひらけたその場所に、いかにも悪者が住んでいそうな古い洋館が建っていた。
「金持ちがワイン飲んで葉巻吸って、人外をおもちゃにしてるのが目に浮か……」
おもちゃ、という言葉を使った自分に美緒はぞっとした。人外は決しておもちゃではない。種族が違っても、人間と同じ生命であることに変わりない。だから早く、龍と麒麟を救い出さなくてはならない。
バスが止まる。
理事長が立ち上がって一番にバスを降り、美緒も後に続く。降りた瞬間、周囲に嫌な臭いが充満している気がして美緒は顔を顰めた。それは臭いではなく気配と言ってもいいかもしれない。ここは危険だ、と本能が察知しているのだろう。
全員がバスから降りた時、頭上から羽音が聞こえて皆が一斉に上を向く。もう敵か、と身構えたがそうではなかった。
「美緒ちゃん!」
暗闇から聞こえた声、そして現れた姿に美緒が目を見開く。
「うお、ヨシヨシジュニア!」
ゆっくりと地上に降りてきたのは三好の息子である吉樹と、その仲間らしき天狗だった。
「久し振りすぎてびっくり! それに天狗がいっぱい!」
驚く美緒に、吉樹は笑顔訊く。
「元気だった?」
「うん。ジュニアは?」
「来月、三人目の子が生まれるんだ」
「……え?」
首を傾げる美緒に、吉樹は思わずプッとふきだした。
「ほら、『舞子』って、覚えてないかな? 以前一度だけ会ったことがあるけど」
「舞子……って、あの許嫁の天狗? あの彼女と結婚してたの? しかも三人目って……、あの騒動は何だったの!? ヒトの気持ち散々振り回しといて!」
「あはははは」
大笑いする吉樹と、頬を膨らます美緒。その二人に三好が近づき、拳で頭をコツン、コツンと順番に叩いた。
「呑気に会話するんじゃない。そういうのは終わってからにしろ」
三好が洋館に視線を向ける。美緒と吉樹も痛む頭を撫でながら顔と気持ちを引き締めて、洋館を見つめた。
理事長がふわりと岩の上に乗り、指示を出す。
「建物の周りをみんなで取り囲む。三好先生と天狗たちは東、矢沢先生率いる騎獣隊は北、毒島先生と梶先生のドーピングチームは西、残りは正面。取り囲んだら、一斉に攻撃を始める」
職員と生徒達が指示された通りのチームに分かれる。
自身も移動しながら周りの様子を見て、美緒が手を挙げた。
「質問! 理事長先生」
「はい、大上先生」
「騎獣に一反木綿の糸織君が混ざっているのはいいんですか?」
「一反木綿は乗り物なので、良しとします」
「一反木綿って乗り物だったの? そういえば、有名な妖怪が乗ってたような……」
皆がチームに分かれ終えたのを確認し、理事長は口角を上げた。
「僕の力でみんなを守っているから、安心して暴れるといい。さあ、社会科見学の時間だ!」