第100話
学園内に、悲鳴が響く。
「ぎゃあー!」
「きゃああ!」
美緒は廊下を走り、悲鳴がした教室のドアを乱暴に開けた。凄まじい勢いで飛んできた机を、素早く避ける。背後でガラスが割れた。
「こら! 学園内で神通力は使用禁止です! 雷雲も呼んじゃ駄目!」
教室の真ん中、そこに発生している嵐の中で、龍と麒麟が喧嘩をしていた。
転校初日からいがみ合っていたふたりは、当然のように毎日トラブルを起こす。
頭を押さえ、床を這うようにして美緒の元に来た生徒が訴える。
「先生! 教科書が発火しています!」
驚いて生徒が指さす先を見ると、大きな炎が上がっていた。
「ふぎゃ! 消火器、消火器!」
慌てて教室の隅に設置されていた消火器を手に取り、燃えている教科書と、ついでに嵐の中で交互に頭突きをしている龍と麒麟に消火剤をぶちまけた。
他の生徒達が悲鳴を上げながら廊下に逃げる。
「なんだこれ!」
「なにすんだこら!」
そこでやっと、龍と麒麟の意識が美緒に向けられた。
「喧嘩は禁止です!」
消火剤を吸って咳き込みながらも、美緒は毅然と言った。
◇◇◇◇
「あう、仕事量が増えているのですが……」
消火剤をぶちまけてしまい、すっかり汚れた教室の床を、美緒はモップで拭く。
生徒が帰った後、美緒は愛に手伝ってもらいながら教室の掃除をしていた。
「あの超問題児たち、何とかならないのかな?」
「ならないんじゃない?」
「そんな、愛ちゃんあっさりと……」
「美緒は甘いのよ。だから舐められてるの」
「うぅ……」
小さく呻いて、美緒は手を止めた。
「ところで愛ちゃん、その手に持っているものはなんでしゅか?」
「鞭。見て分からないの?」
「いや、分かりますが……」
愛は、左手に雑巾を持って机を拭き、右手に鞭を持っていた。
「似合いすぎです、愛ちゃん。あと必要なのはボンテージだけでしゅね」
鼻を鳴らし、愛は美緒に視線を向けずに訊いた。
「ところで、人外売買組織について、何か情報はないの?」
「なんで私に訊くんですか?」
「あんたの両親から、何か聞いてない?」
「両親……?」
少し考えて、美緒はハッとした。
「ああ! そういえば、あと数日で帰って来るんでした! どうしよう、結局何の作戦も立ててなかった。なんかドタバタしてて忘れてた!」
「今はもう、それどころじゃないでしょ? 優牙が何か情報を掴んでいそうな感じなんだけど、あいつ口を割らないのよ」
美緒が首を傾げる。
「優牙?」
何故、ここで優牙の話が出て来るのか。
「あいつ、警察の仕事も手伝ってるでしょう?」
「ええ? そうなんでしゅか?」
驚く美緒を、愛は手を止めて呆れた顔で見た。
「知らなかったの?」
「うん」
時々突然出かけたりするのは、そういう理由からだったのか。納得して美緒は頷く。
ねえ、と愛が眉を寄せる。
「……タイミングが良すぎない?」
「何がでしゅか?」
「組織の活動が活発になってる時期に、龍と麒麟が転校してきたのって」
「へ?」
美緒はポカンと口を開け、それから笑った。
「偶然じゃないのかな?」
「でも、理事長は何か隠してるでしょう?」
「理事長が?」
顎に指を当てて、美緒は理事長の様子を思い出す。
「うーん、元々理事長は謎だらけだし……、そもそもあんまり会ったことないし……、よく分かんない」
「考えなさい、馬鹿狼!」
愛が鞭を振るう。
「ぎゃあ! 愛ちゃん痛い!」
「最近だいぶマシになって来たかと思ったけど、やっぱりまだ調教が必要だったかしら?」
もう一度鞭を振り上げる愛に、美緒が両手を合わせて懇願した。
「やめてください、女王様」
「じゃあ、優牙が何を掴んでいるのか、今夜聞いてらっしゃい」
「うぅ……」
と、そこでドアが開き、当の優牙が現れた。
「優牙ー!」
美緒が優牙に駆け寄る。
「うるせえ。掃除は終わったか?」
「何を掴んでいるのか、白状しなさい! 白状しないと私、女王様に鞭打たれて新たな世界への扉を開いちゃうよ!」
「だから、うるせえ」
縋りついてくる美緒を投げ捨て、優牙は愛の近くの机に腰かけた。
「何も掴んじゃいねぇよ。捜査は難航中だ。下っ端捕まえても何の情報も持ってやがらねえ」
「あら、そうなの?」
優牙が鼻を鳴らし、ぼやく。
「頭の痛いことだらけだ。これ以上俺の悩みを増やすな」
「あら? 相談に乗るわよ。話して御覧なさい」
「……ああ、そのうちな」
溜息を吐き、優牙は机からおりた。
「早く終わらせて帰るぞ」
「そうね、寝不足はお肌に悪いしね」
投げ捨てられていたモップを優牙が拾う。
それを見て、美緒が片手を挙げた。
「じゃあ、頑張って」
「なに帰ろうとしてんだよ!」
優牙の投げたモップが、美緒の顔面を直撃した。