番外編 「姉ちゃんと自動車学校と邪魔者の俺」
優牙視点です。
姉ちゃんがこそこそと行動している。
どうせろくでもないことを企んでいるのだろうと、ほっといていたのだが……。
「おい。この金はなんだ?」
札束を持っているとなれば話は別だ。
「ああ! あんたやめて! それは娘の給食費……!」
「何が娘だ!」
博打に金をつぎ込むろくでなし男とその妻、っていう設定か? 毎度毎度変な妄想しやがって。
「うう……、暴力は止めて」
「で? 本当は何に使おうと思っていた金だ?」
「自動車学校に通うためのお金でしゅ」
「…………!」
自動車学校だと?
「馬鹿か! 自転車さえまともに乗れないのに、車なんて絶対駄目だ!」
「そんなのやってみなくちゃ……」
やらないでも分かるんだよ!
「嫌だー! 自動車学校に通うんでしゅよー!」
暴れ始めた姉ちゃんを踏みつけ、俺は溜息を吐いた。
なんで急に自動車学校に行くなどと言い出したんだ。何といえば諦める? それとも入校できないように自動車学校に手を回すか?
そう考えていたら、変態野郎がうちにやって来た。
「どうしたんだい?」
姉ちゃんが野郎に縋り付く。
「これこれこういうわけで、いじめられてたんでしゅよ」
「美緒、『これこれこういう』なんて言われても分からないよ。ちゃんと説明してくれなきゃ」
そう言いながら、野郎は俺に視線を移す。俺はもう一度姉ちゃんを踏みつけ、仕方なく説明した。
「自動車学校に通うんだってよ」
ああ、と野郎が頷く。
「僕が通うって言ったからかい?」
なんだと? 姉ちゃんは野郎と一緒に自動車学校に通いたくて、こんなことを言い出したのか?
「おい、何とかしろ」
諸悪の根源である野郎に言うと、野郎は顎に手を当てて少し考え、それから姉ちゃんに笑顔で言った。
「じゃあ、僕も通うのはやめるよ。何も今すぐ免許が必要なわけでもないしね」
姉ちゃんが「え?」と驚く。
「そうなんでしゅか?」
「うん。そうだ、代わりに美緒の自転車を貰ってもいいかい? それで毎日迎えに来るから」
「自転車……? うん、あげるでしゅ!」
姉ちゃんが俺の足を押しのけて、野郎に抱きつく。そして俺は――分かっていた。
嘘だな。
自動車学校には、きっちり通うつもりだろう。自動車学校に行くことを諦めさせ、尚且つ自転車も姉ちゃんから取り上げやがった。
野郎が俺をチラリと見る。あーあー、そうかい、邪魔なんだな。言っとくが、ここは俺の家でもあるんだぞ。
俺はテーブルの上の財布と携帯電話をズボンのポケットにねじ込んで、家から出た。
ああ、これから数時間、何処で時間を潰すかな……。