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第91話

「蓮君、明日から連休だし、今夜は蓮君のお家にお泊まりしたいな」


 実習を終えて帰宅途中、美緒は蓮の腕に自分の腕を絡めて、甘えるように言った。蓮が、そんな美緒を少しだけ見つめて頷く。

「いいよ」

 美緒はパッと明るい表情になって、蓮の腕にしがみついた。

「美緒、重い」

「えへへ」

「何か企んでる?」

「別に~」

 上機嫌な美緒に苦笑し、蓮は美緒を半分引きずるようにして自宅マンションまで歩く。そしてマンションに着き、リビングに入った二人は、軽食を食べながら今日の授業の復習をした。

「ああ、もうこんな時間だ。そろそろ寝ようか」

 時計を見て伸びをする蓮に、美緒が頷く。

「うん」

「先にシャワー浴びておいで」

 しかしその言葉に、美緒は首を横に振って、ついでに体をくねらせた。

「あなたが先に入って。私は後からベッドに行・く・か・ら」

「……美緒、大丈夫かい? まあ元々おかしいけど」

「『元々』ってなんでしゅか?」

 じゃあ、と不満げな美緒を残して蓮は先にシャワーを浴び、入れ替わりに美緒もバスルームへと向かう。服を脱いで、少し熱めの湯を頭からかぶりながら、美緒は緊張でうるさく鳴る心臓の上に手を置いた。

「大丈夫。……たぶん」

 きっと上手くいく。呪文のように繰り返して湯を止め、美緒は体を拭いて蓮のジャージの上だけ着ると、蓮の待つ部屋へと行った。

「美緒、髪の毛がビショビショだよ。乾かしてないのかい? それにズボンを穿いてないよ」

 待っている間に勉強していたのか、机に向かっていた蓮が振り向いて、美緒の様子に眉を寄せる。しょうがないな、と美緒の髪を乾かす為に立ち上がろうとした蓮を、美緒は無言のまま掌を向けることで制した。

「……なんだい?」

 訝しげな蓮を尻目に、美緒はベッドの上にあがって仁王立ちし、大きく息を吸う。


「今宵我は、新たなる次元に旅立つ!」


 高らかに宣言した美緒を見上げ、蓮は小さく首を傾げて相槌を打った。

「ああ、そうかい。良かったね」

「この身に秘められし真の力を解き放ち、暗澹たる未来に一筋の光を――」

「漫画かアニメの影響かい? 分かったから、髪の毛を乾かして寝るよ。ズボンも穿いて」

 蓮が立ち上がり、美緒に手を伸ばす。その手を美緒は握りしめた。

「美緒」

 咎めるような口調で言う蓮の目を真っ直ぐに見て、美緒はごくりと唾を飲む。

「蓮君」

「なんだい? まだ何かあるのかい?」

「見てて」

 美緒が目を閉じて、ゆっくりと息を吐く。すると、美緒の頭部に変化が起こり始めた。頭の上が盛り上がり、三角形の物が顔を出す。

 蓮は目を見開き、美緒の頭を凝視した。美緒の頭に出現したもの、それはまさしく――。


「耳……」


 狼の耳だった。

 呆然と美緒の頭に現れた狼耳見つめる蓮に、美緒が笑う。

「えへへ、優牙に教えてもらったの。上手く体をコントロールすると、一部だけを変身させることが出来るって。ほら、尻尾もあるよ」

 美緒は蓮に尻を向け、ふさふさの尻尾を振って見せた。

「凄い……」

 蓮が手を伸ばし、美緒の尻尾に触れる。美緒がその蓮の手に、自分の手を重ねた。

「ちょっとだけでも狼なら、蓮君もその……そういう気持ちになる?」

「ああ」

 蓮は美緒の手を握り返し、抱きしめる。

「ありがとう、僕の為にここまでしてくれて。嬉しいよ」

「うん」

「ちなみに、だけど――」

 蓮の手が美緒の狼耳をくすぐった。


「――もう少しだけ、狼になれないかな?」


「え?」

 美緒が蓮の胸に手を置いたまま、小さく首を傾げる。

「もう少し?」

「そう、もう少しだけ」

 囁かれた美緒は、困ったように「うーん」と唸って、それから自分の手に意識を集中させた。手が変化していく。

「あ、できた。これでどう?」

 美緒が狼の手に変身した手を、蓮に見せた。蓮は目を輝かせ、美緒の肉球を指で押した。

「うん、可愛い。すごくドキドキするよ」

「良かった」

 ホッと息を吐いた美緒に、蓮が笑う。

「でも、もう少し」

 そう言われた美緒は、軽く目を見開いて戸惑った。

「もう少しって……じゃあ、えーと」

 美緒の頬にピンと伸びたヒゲが生える。

「ああ、素敵だ美緒。もう少し」

「え? まだ? じゃあ……こう?」

「もう一声」

「これでどうだ!」

 蓮が美緒の肩を強く押した。


「美緒! 素敵だ!」


「きゃあ!」

 押し倒されてキスをされ、体を撫でまわされて美緒は呻いた。

「うう。一部だけ狼じゃなくって、これは一部だけ――でも、まあいっか」

 うっとりと見つめてくる蓮に美緒は笑顔を返す。

 きっと今夜、二人はこのまま――。


 美緒は肉球で、蓮の頬を軽く突いた。


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