第90話
吉樹とのことも、猛との見合いもなんとかなった。
自室で美緒が、中空を見つめる。
「後は蓮君と……」
呟いて、美緒は部屋の片隅に置いてあった紙袋を持ってリビングへと向かい、テレビの前に座り込んだ。
「ん? 姉ちゃん、何してんだ?」
キッチンに居た優牙が訊いてきたが無視し、美緒は紙袋から取り出した物を、DVDレコーダーのディスクトレイに入れる。
「おいおい、俺はその番組を観てるんだよ」
お気に入りの料理番組を観ながら料理をしていた優牙が抗議したが、美緒はまったく聞こえていない様子で、リモコンで画面を切り替える。そして――。
「お前は馬鹿かー!!」
キッチンから飛んできた鍋が、美緒の背中を直撃した。
「うぅ……優牙、痛い」
「うるせー! 信じられない、何してんだよ!」
優牙は素早く美緒の元まで来て、テレビの電源を消してDVDを取り出した。
「ああ! 私の『媚薬商人VS半裸弁護士・最後の法廷』が!」
「どっからどう見てもエロDVDだろうが! こんなもんをリビングの大画面に堂々と映すな!」
ガツンと頭を叩かれ、美緒が悶絶する。その隙に、優牙は紙袋の中を覗き込んで舌打ちした。
「おいこら、なんでこんなにいかがわしいDVDを沢山持ってるんだ?」
「う……、それは蓮君から没収したからです。それ見て『男女のいろは』を勉強して今後に役立てようかと」
「こんなもんが勉強になるか! つーか、あの変態野郎も何を考えてんだ!」
優牙はもう一度美緒の頭を叩き、紙袋を抱えた。
「優牙! 欲しいなら欲しいと素直に言いなさい! 分けてあげるから」
「いらねーよ! これは燃えないゴミの日に捨てる」
「またまた、強がっちゃって――あう!」
強烈な蹴りを加えられ、美緒が転がる。優牙はキッチンの隅に紙袋を持って行って乱暴に置き、代わりにジュースを持ってリビングへと戻ってきた。
「ほら、ジュース。いつまでわざとらしくのた打ち回ってんだよ」
「いや、本当に痛いんだけど……」
唇を尖らせて美緒は体を起こし、優牙からジュースを受け取る。
「いかがわしい本から卒業したと安心していたら、まさか映像に走るとはな」
「よりリアルへ――。人間のあくなき探究心に敬意を表する」
「意味が分かんねーけど、もうツッコミ入れる気にもなれねーよ」
「エロDVDだけに、突っ込ん――ででででで!」
「下品なギャグはやめろ」
優牙に引っ張られた耳を涙目で抑え、美緒は溜息を吐いた。
「だって、一緒に頑張るって言ったって、どうしたらいいか分かんないんだもん。蓮君がDVD観るのは許せないから、じゃあ自分が観て勉強しようかと思って……」
「俺なら、エロDVDを観る女はそれだけでアウトだな」
「男は観ても良くて女は駄目なんて、差別に他ならない」
優牙は鼻を鳴らして、ジュースを一口飲む。
「野郎の癖じゃ、いくらこんなもので知識を詰め込んでも無理だろ?」
「分かってるよ。焦っちゃいけないことも……、今はちゃんと分かってる」
「分かってんなら、ゆっくり進め」
「…………」
俯く美緒。優牙は大きなため息を吐き、ジュースを飲み干して立ち上がった。
「しょうがねえな。――姉ちゃん」
顔を上げた美緒に、優牙は少しだけ口角を上げる。
「なに?」
「面白いもん、見せてやろうか?」
「面白いもの?」
首を傾げる美緒に頷き、優牙は服を脱ぎ始めた。美緒が目と口を大きく開けて、驚愕の表情をする。
「ええ!? ちょ、ちょっと優牙、私達は姉弟――あう!」
優牙が服を美緒に投げつけた。
「禁断の愛じゃねえ! 黙ってよく見てろ!」
「パンツ一丁! パンツ一丁!」
「だから黙れ!」
優牙は気持ちを落ち着かせるように、大きく二回深呼吸をして目を閉じる。
「……何してんの? 優牙」
「…………」
「おーい、優牙―! おー……え?」
美緒が、手に持っていたコップをポロリと落とした。床にオレンジ色のシミが広がる。
「え、嘘、それって……ええ!?」
驚きのあまり固まってしまう美緒。
優牙は顰め面で、髪をかき上げた。