第10話
美緒は机に突っ伏して、目を閉じた。
「あうぅ・・・。視線が痛い」
朝から誰も美緒に話し掛けない。
美緒にビッタリ引っ付いている蓮に原因があるのは、間違いないだろう。
皆、二人の間に何があったのか知りたそうにしているが、蓮の常と違う異常な雰囲気に、話し掛けることが出来ないのだ。
しかも、愛さえまるで無視するかのように視線をそらす。
美緒は薄く目を開けて、隣の席に座る蓮を見た。
なんと、蓮は無理矢理席を移動して、美緒の隣に座っているのだ。
「うう・・・。なんでこんなことに・・・!」
―――――ガコンッ!
「うるさいぞ、大上」
三好の投げた教科書が、美緒の頭に当たって床に落ちた。
「痛いよー、先生。角が当たったよ・・・」
三好は頭を押さえて涙ぐむ美緒の席まで来ると、落ちた教科書を拾った。
「こういう時はチョークを投げるのが、常識ですよう」
「どこにチョークがあるってんだ?」
この学校は電子黒板を使用していて、チョークは無いのだ。
「うう・・・。教師の暴力で頭が割れるように痛いので、早退してもいいですか?」
「ああ、そりゃいけないな。佐倉、保健室に連れて行ってやれ」
「治った!治りました!!」
三好は溜息を吐いて、美緒の頭をグリグリ撫でた。
「いいか、授業中は静かにして、ちゃんと聞け。昨日の先生の話を理解出来ているのか?お前は」
「はいぃ・・・」
「しっかりしろ!」
「はいぃ・・・」
三好はもう一度溜息を吐いて、今度は蓮を見た。
「佐倉、大上が落ち着かないようだから、元の席に戻れ」
「出来ません」
即答した蓮に、三好は頭痛がする思いだ。
「なんでだ?佐倉」
それはクラスの誰もが聞きたかったことである。
皆の視線が蓮に集まる。
「運命だからです」
「運命・・・?」
三好が眉を寄せる。
「一目で恋に落ちました。僕はもう自分の気持ちを抑えられないのです。だから大上さんから離れることが出来ません」
「・・・・・・・・」
一瞬シーンと静まりかえった後、教室中がどよめいた。
「説明不足!佐倉君、大いに説明不足!!」
美緒の叫びは興奮状態にあるクラスメイトには聞こえなかった。
「はい、皆、静まれー!!」
三好がパンパンと手を叩く。
「佐倉、熱烈恋愛中のお前に残念なお知らせだ。大上は成績が落ちているので、このままだと二組行きになる。離れたくなければ、しっかり勉強をみてやれ。はい、授業再開するぞー!もうすぐ試験だぞ。集中しろよー!」
まるで何事も無かったかのように、授業を再開させる三好に、生徒達も次第に落ち着きを取り戻していく。
「うう・・・。違うんだよ・・・」
誤解されたまま話が終わってしまった悲しみに、またもや美緒は机に突っ伏した。
「・・・大上さん」
「誤解なのでしゅ・・・」
「大上さん」
ガタガタと机が揺れて、美緒は薄く目を開いた。
「―――――ヒッ!」
その途端、目の前にある蓮の顔に驚いて悲鳴をあげた。
蓮は二人の机をくっ付けてしまっていた。
「成績落ちてるの?困るよ、二組に行かれたら」
「な、何で・・・?」
「監視できなくなるから」
「うう、長期戦突入の予感・・・!もういっそのこと、二組でもいいかもしれない」
愛とは離れることになるが、蓮から逃げられるなら、それでもいいと美緒は思った。
「駄目だよ。僕が勉強教えてあげる」
「・・・遠慮いたします」
「今日から放課後は、大上さんの家で勉強会を開こう」
「絶対嫌!っていうか、何さりげなく家に来ようとしてるんですか?」
「駄目か・・・。仕方ない、取り敢えず僕の家でいいよ」
「それも嫌!」
「決定。ほら、ちゃんと先生の話を聞いて。分からないところは教えてあげるから」
美緒の意志をまるっきり無視して、蓮は勝手に話を進める。
「あうぅ・・・。何で・・・」
机に突っ伏そうとした美緒の襟首を、蓮が掴んで引き上げる。
「真面目に授業を受ける!」
「・・・え?スパルタ教育?」
美緒は意外と厳しい蓮の指導に涙を浮かべた。