第二話 ニセモノの霊媒師
『霊媒師なんて言うけれどね、結局は占い師みたいなものなんだよ』
僕に霊媒師という職業に必要な知識を与えてくれた人はそう言って笑った。
いま考えると、それはずいぶんと身も蓋もない言葉だった。あるいは僕が本当に幽霊の存在を信じていて、死者の言葉を代弁する霊媒師という職業に憧れを持っていたんだったとしたら、三日三晩はショックで寝込んでいたかもしれない。
でも僕は幸いにもそうではなかったから、専門学校に通う学生のようにすんなりと彼の語る言葉を受け入れていくことができた。
『我々のもとにやってくる人々はみな後悔しているのさ。当然だろう? 霊、すなわち死者の言葉を聞きたいというのは、過去に縛られている証拠なんだから。
彼らはみな傷ついているんだ。親や友達、あるいは恋人という近しい人の死という現実を受け入れたくなくて、せめてもの慰めとして我々のもとへとやってくる。死者と会話をしたいという非現実的な願いを胸に、藁にもすがる思いでね。
そんな彼らに我々がすべきことは何か。決まってる。彼らが期待する通りの言葉を告げてやるんだよ。霊という媒体を通して。
でも勘違いしてはいけないのは、我々は死者の代弁者ではなくて、あくまでも彼ら自身の心の代弁者ということだ。
だから我々が告げるのは彼らの傷ついた心を癒すような言葉なんだよ。彼ら自身が心の奥底で望んでいる言葉を霊になりきって告げる。あたかも患者の心を癒すカウンセラーのように、あるいは神の言葉を告げる預言者のようにね。それだけのことなんだ』
彼は霊媒師について話すとき、必ず〝我々〟という言葉を用いてそれを一般化することを忘れなかった。
まるで霊媒師という職業についての共通のテキストやルールがあるかのように、彼は頑なに私や僕、あるいは自分という言葉を使ってそれを説明することはしなかった。いつだって普遍的な真理を語るように彼は僕に霊媒師という職業について教えてくれた。実際には霊媒師同士の横のつながりなんてなかったにも関わらずに。
その当時の僕はどうして彼がそんな言い方をしているのか不思議だった。自分の職業についてのことなんだから、一般的な事実として語るよりも自らの経験として語る方がずっと適切に思えた。それに霊媒師という職業が特殊性に満ちた仕事である以上、細々としたやり方は個々の霊媒師によって違うはずだったし、なおさら一般化することの意味が分からなかった。
でも、今なら分かる気がする。
きっと彼はある意味では小心者だったのだ。臆病で、慎重な、他人の心を気にする模範的な小市民だった。
だから世の中の霊媒師がみんな自分とおなじように紛いものであると意識的に考えることで、心の安定を保ってきたのだろう。
もっと直接的に言うと、そうしなければ彼は霊の媒介者を装うことへの罪悪感を拭いきれなかったのだ。
あるいはホンモノの霊媒師が世界のどこかには存在しているのかもしれないが、実際に見たわけでも会ったわけでもないのなら、彼にとってそれは存在していないのと一緒だった。
自分の手が届く範囲だけが世界の全てであり、自分の預かり知らぬところでどのような人物がいようと、どのような事態が起きようとも関係ない。ただ自分が信じているモノだけが真実となる世界。
彼が生きることにしたのはそういう世界で、その世界で生きている限りニセモノがホンモノになり、ホンモノがニセモノになりさえする。だからたとえ他の誰かが彼の言葉で傷ついたり、感情を大きく乱したとしても、自分の考え方ひとつでそれらの与える影響を無視できる。井の中の蛙としての生き方。
それは彼が霊媒師として生きていく上で編み出した秘策だった。優しすぎるとまでは言わないが、ニセモノの霊媒師として生きていくには彼の心は常識的な枠組みに収まっていたということだった。
もちろん僕はそんな彼を情けない男だと言うつもりはない。それどころか、僕自身もその考え方を好んでいるくらいだ。
結局のところ、ひとは皆何かしらの折り合いをつけながら生きているのだ。全部がぜんぶ上手くいくほどこの世界は甘くない。たとえ正しさを捨てることになるとしても、生きていくために妥協しなければならないことだってたくさんある。そして多くの場合、切り捨てるべきは他人であり、自分は守るべき存在だった。
彼を責められる人間がいるとしたら、それは右の頬を殴られたときに左の頬を差し出してきたような人間だけだ。罪人に石を投げる資格を持った人間。
けれどそんな救世主のような人間はこの世に存在するはずがなかった。そうした理想や親愛を捨て去ってきたからこそ、彼らはこの世界を生きているのだ。もちろん、僕を含めて。
だからこの話で重要なのは、僕はそんな彼から霊媒師としてやっていけるだけの方法の全てを学んだということだった。




