決断
アルベルトは一大決心をしていた。父親である国王が定めたレールから逸脱することを。アルベルトには婚約者がいた。祖母が王女で現在はクモオ公爵家令嬢のサンドラだ。才色兼備でおまけに武術にも長けているという未来の王妃として申し分のない娘だった。
でもアルベルトは彼女に不満だった。あまりにも気が合わないのだ。第一王子とはいえ、国王と同じく平凡な自分と比べるとみじめになるのだ。彼女の方がなんでも目立ってしまうのだ。それを嫉妬というかもしれないが。
そんな彼がいま夢中なのはカルメンだ。カルメンは貴族出身でどこか小悪魔的な魅力があった。そんな彼女にアルベルトは夢中だった。少なくとも相思相愛だと確信していた。カルメンもぞっこんだと。そして心ばかりか身体さえも重ねてしまった。そのうえ、子供を授かってしまった。側妃制度のない王国であったため、アルベルトは彼女とお腹の子供のために恐ろしい決断をした。
その日、貴族だけでなく国内の豪商など上級国民たちが集う園遊会が王宮内の大庭園で開催されていた。華やかな衣装を纏った男女が思い思いの時間を過ごしていた。その日の主催者は当然国王夫妻だ、だから王族は全員出席していた。しかし、その裏では陰謀が進行していた。全てはアルベルトの企みに便乗したものであった。
アルベルトは18歳で、成人と認められる年齢になったので、もうすぐ王太子に推挙されるはずだった。その日アルベルトの横には婚約者サンドラではなくカルメンがいた。それに気づいた参加者たちからは何かが違うという言葉が漏れていた。一方のサンドラといえば誰にもエスコートされず一人で歩いていた。彼女の顔にはヴェールがかかっていて表情はわからなかったが、なにか異変が起きたのだと誰もが気付いていた。
会場中央の大舞台では場を盛り上げるための演奏者がいて華麗な音楽を奏でていたが、アルベルトがカルメンを連れて現れると演奏を止めてしまった。おかげで園遊会に集った人々の視線が集中することとなった。アルベルトの目の前にはサンドラが大舞台の下でいた。その場にいた者たちの全員がこれから何事かはじまるのがと固唾を飲み込んでいた。
「サンドラ! お前には失望した! よってお前との婚約を破棄する。かわりに横にいる子爵令嬢カルメンを婚約者とする!」
その言葉にその場の空気は凍り付いてしまった。なんと反応すればいいのかわからないからだ。園遊会に相応しくない行動だからだ、ここで婚約破棄をするなんて。アルベルトの思わぬ言葉に対しサンドラは少し間を取ってからしゃべり始めた。
「殿下、婚約破棄ですか。その前に理由をお聞かせいただけないでしょうか? このまま、分かりましたと身を引いてもいいですが、園遊会に来られている方に説明責任があると思いますがいかがですか?」
サンドラの口調はまさに次期王妃に相応しい堂々としたものだと誰もが感じていた。でも、それは過去のものだった。婚約破棄されたらただの公爵令嬢だから。誰もが美しいサンドラを捨て平凡なカルメンと婚約すると宣言したのか理由を知りたかった。たとえるなら駿馬から鈍牛に乗り換えるようなものだから。
「説明責任か? お前は分かっているだろう! でも次期国王として国民に説明する必要はあるな! ここにいる国民よ! このサンドラは断罪すべき悪女であるぞ! だから婚約破棄するのだ!」
その言葉に続く言葉を誰もが聞きたいと注目していた。だが、王宮内ではサンドラの父親らが国家を滅亡させる悪だくみを実行していた。