冥土師(メイド)というお仕事。
異世界転生。
曰く、死してその魂は異世界に行き着き、そして第二の人生を歩む。
魂の根源のみの移動で、前世の記憶と思しき記憶があり、だいたいは異世界の住人より高レベル。
迷惑な話だと思った。
ありえない話だと思った。
今を生きて途中で投げ出すような魂が、異世界では大器晩成とか。
「いいよねぇ~異世界転生」
「うん、いっぱい冒険とかしたいし」
「うん、うん、異世界の王子様とかと恋に落ちたり…」
「えぇ~今は、無双っしょ!?」
「戦うとか、やだなぁ」
「でもでも、強ければ相手なんて一撃だし」
「異世界転生なんてありえないから」
私はつい口をはさんでしまった。
「え?茉莉さんは異世界転移派?」
「異世界転移も捨てがたいよねぇ~」
「あ、私、用事があるから…」
私はその場をそそくさと立ち去った。
「うん、バイバイ~」
「さて…あれ?今の誰だっけ?」
「え、えっと、茉莉さんだよぉ~」
「あ、ぁあ…そうだっけ?」
全ては放課後の教室の喧騒に消えた。
「さて、と…ここか」
私は、学校指定のカバンから、指令書を取り出し読み直す。
指令所をしまい呼び鈴を鳴らした。
今回の転生者は山下歩人さん、引き籠もりの男子生徒。
「…はい、どちら様ですか?」
「同級生の山田です、学校のプリントをお持ちしました」
「あ、はいはい、いま行きますね!」
山下さんお母さんが出てきた。
「あの、歩人さんのご容体は…」
「良く分からないんですよ、部屋から出てこないので」
「ちょっと行ってもいいですか?」
「ええ、勿論!」
私は、歩人さんの部屋の前まで案内された。
「歩人、お友達がお見舞いに来てくれましたよ…」
数秒も待たずに扉にドンと何かぶつけられる音。
「…ごめんなさい、それじゃよろしくね?」
「はい…」
何をよろしくなんだか。
何回かノブを回すと鍵がかかっている。
「それじゃ、お邪魔しますね」
普段は使わない、扉の鍵に集中し手をかざした。
カチリ、と音がする。
ノブを回して、歩人さんの部屋に入った。
「お邪魔しま~す」
薄暗い部屋、PCのモニターの明かりに浮かぶ山下歩人さん。
こちらを見ようともせず、凝視している。
「それじゃはじめますか」
天衣纏い!
「ふぅ…」
薄暗い部屋に光の柱、それが収まりメイド服に身につけた。
「あ、なんなんだお前!?」
流石に気づいたようで、驚いた表情を見せている。
「三秒で決めてください、私がこの部屋を掃除するか、貴方が片付けるかを…」
「へ?」
「はい、三秒!」
彼にとっては突然に、私にとっては当然に、部屋の掃除が始まった。
一時間後。
「はぁ、やっぱり綺麗な部屋はいいですねぇ♪」
「うぅう…ふぃぎゅあが…同人誌が…」
「はい、全部処分いたしますね♪」
「お前、なんなんだよ!?」
私は、礼儀正しく会釈をした。
「はい、ご主人様。今日から貴方が死ぬまでの間お世話をします、茉莉と申します」
「…はい?」
私は彼に笑顔を返した。
「つまり俺がそろそろ死ぬからその魂の回収に来た死神だと?」
「やめてください、死神ではありません、冥土師という職業です」
説明をしてから彼は怪訝そうな眼を私に向けた。
「そもそもなんで死ぬなんて分るんだよ?」
「これです…」
私は魂測定器を取り出して見せた。
普通の人には見せてはいけない機械だけど、もう逝く人ですし説得の為に見せる。
「人の寿命はだいたい決まっていますが、極稀に寿命前に死んでしまう人がいるんです、そういう人は魂が現世にとどまったりしちゃうので回収してるんです」
「それで?」
「貴方が死ぬその時まで一緒にいます」
「…俺はいつなんで死ぬんだよ?」
「さぁ?」
「知ってて来たんじゃないの?」
「そろそろという事ぐらいで正確には分かりません」
「帰ってくれ!」
「お断りします」
私は首を振った。
「茉莉ちゃん、ご飯食べてく?」
「はぁ~い」
「母さん!?」
「それじゃいきましょうか♪」
私は歩人さんの手を取りリビングに向かった。
「…」
「美味しいですね!」
「まぁ、茉莉ちゃん、こっちも食べて」
無言の歩人さんとその母親と意気投合した私。
「歩人、一緒にご飯食べてくれるなんて…」
「…」
「歩人さん、ほらほっぺにご飯粒が…」
「やめろ!」
「歩人!?」
「母さんもおかしいよ!こんな得体のしれない奴!?」
「同級生でしょ!?そんなこと言ってはいけません!!」
「もういい!」
突然席を立ちあがり、家を飛び出てしまう。
「それではちょっと行ってきます」
私は、お母さんに一礼すると、その後を追った。
「はぁ、はぁ…はぁッ!?」
「見つけた!」
遅かった、奴らに見つかった!?
近所の公園、真っ暗な中に二つの影。
歩人さんは、ヨレヨレの修道服を着た少女と対峙している。
「な、なんだよお前、冥土師の仲間か!?」
「やめてよ、あんな死神と一緒にするのは…」
「じゃあなんなんだよ!?」
「ビジネスできたの、貴方は選ばれたのよ」
「待ちなさい!」
私は急いで少女と彼の間に割って入った。
「来たわね、死神冥土師」
「彼はこっちが先よ、帰ってくんない?」
「関係ないわね、選ぶのは彼よ」
私達は歩人さんに目線を向ける。
「自己紹介がまだだったわね、私はマリィ…女神様の命により貴方を勇者として召喚に来たの」
「騙されちゃいけないわ!女神だのなんだの言ってただの拉致してただ働きさせるだけじゃない!」
「なによ、そっちだって異世界転生させるとか言って魂を回収するうさん臭い組織じゃない!」
「なんなんだよお前ら!?」
歩人さんは大きな声をあげる。
「なんだこれ!?」
同時に身体は光と影が交差し流失し漏れ出す。
異能者の暴走覚醒だ。
「始まっちまったな、こうなりゃ駄目か…帰らせて貰う」
「…もぅ、世話の焼ける」
取り敢えずこのままだと歩人さん四枝が飛び散ると同時にこの辺一帯大爆発で吹き飛ぶ。
「結界ッッッ!!」
公園の一部と異空間を隔離した。
太陽も月も星もない。
一本線の境界線の世界、世界の裏側。
世界と世界の狭間、異世界へ未知の入り口。
「来なさい大和!」
…ワァオォン。
遠吠えと共に、私の操獣『大和』が来る。
「…いい子ね、頼める?」
ワォン。
巨大な咢で暴走覚醒した歩人さんを飲み込む。
「任務完了」
早い段階で良かった。
私は歩人さんの家、彼の部屋に帰った。
「…俺はどうなったんだ?」
「暴走覚醒したから肉体はもう使い物になりません、ごめんなさい」
「そっか、じゃあ今は幽霊って事か?」
「それに近い状態です」
「これからどうしよう…」
「選択肢は二つ、このまま世界に霧散していくか、導きに答えるか…」
「導きに答える?」
「貴方はゲームのつもりでやっていたのかもしれない、けれどそれはそうじゃなかった」
「どういう事?」
「貴方のゲームプレイスタイルは多くの人を助けました」
「え?」
「NPC、PC問わず、弱きを助け強きを挫く、まさに勇者の所業です」
「でも単なるオンラインゲームで…」
「そぅ、困った人がいたら助けるそんな貴方でした、PKだけは絶対しなかったじゃないですか?」
「それはそうだけど…」
「現実ではどうだったか走りません、けど、ゲーム内では貴方に助けられ感謝する人の声で溢れています」
「で、でもたかがゲーム…」
「ゲームの向こうの人間です、そしてゲームの中の人々もです、その行いが一人の神の目にとまりました」
「え?」
「貴方は異世界転生の権利を得ました、もし望むのなら神々の職業訓練所に行くことが出来ます」
「…そこへ?」
「はい、そこに行けば訓練次第でお好みの異世界に異世界転生するでしょう」
「そうだな、ここにいるよりはいいかもな…」
「それじゃぁ?」
「うん、逝くよ…そこに」
「分かりました、ご主人様、ご冥福をお祈りします…」
歩人さんの魂は、ゲートリアと向かった。
「それじゃ帰りますか…」
私もその場を後にした。
「いま帰りました」
「ご苦労さん、ゆっくり休んでください」
学校に帰り校長室に報告する。
事後処理は校長がやってくれる、私は寮に帰る。
先ず向かったのは、更衣室。
メイド服を着替え私服の和服に着替えた。
何人か同じ冥土師が仕事帰りかこれから出勤でいる。
「茉莉、今帰り?」
「うん、あんたは?」
「これから急ぎの仕事ぉ~」
「そう、気を付けてね」
「あんがと、それじゃいってくるね…」
私は、食堂へと向かった。
「…やった」
私は小さくガッツポーズをとる。
限定チーズケーキが一つだけ残っていた。
毎日数量限定でここの絶品チーズケーキを食べれるのは、本当に珍しい。
「ん~♪」
自分へのこの上ないご褒美を噛み締めて、今日という日が良かった事に感謝した。