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模造魔女の七変化(メタモルフォーゼ)  作者: 秋月志音
模造変身
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模造変身④

 道すがら、綾音は東塔のことを説明してくれた。士官学校のようなものだと思っていたが、話を聞いてみると、研究施設や訓練場こそあるものの、普通の高校と大差ないらしい。

 東塔は学の塔。アイビスの中で研究機関の役割も持っている。


 二人で横並びに歩く。こっそり綾音の表情を窺うと、少し強張っているように見えた。

 でも、今の自分の表情はもっと強張っていることだろう。間を嫌ってか、ずっと話しかけてくれる綾音は、聖に逃げる隙を与えてはくれなかった。


 立ち並ぶマンションの裏門側の歩道を進んでいく。寮だというこれらには、アイビスの四つの塔の魔女が住んでいる。みんなジャンヌと呼ばれるために、日々訓練と勉強に励んでいるのだろう。


 裏門側は人通りもなく、ここまで誰ともすれ違わなかった。人の声は遠くから少し響く程度で、鳥のさえずりと綾音の声ばかりが聖の耳に入ってくる。


「聖さんは、どこから来たの?」


 綾音は、学校の説明を一通り終えると、聖へ質問を始めた。これには困ってしまう。聖は自分のことを何も知らないのだから。

 転校と言った手前、どこから来たのかわからない、なんて言えない。適当にでっちあげるにしても、聖の持っている情報が少なすぎるから、曖昧な答え方しかできそうになかった。


「田舎のほうかな」


 無難にそう言うと、やっぱり綾音は引っ掛かるような表情になった。


「どの辺り?」

「湖のほう」


 とっさに出たのは、聖の持っている記憶の最も古い場所だった。聖が今の意識を持ったとき、目の前には大きな海が広がっていた。後に、それがこの国で一番大きな湖だと知った。聖は、そこから五日ほどかけて歩いて来たのだ。

 しかし、あの辺りは都会とは言えないものの、田舎とも言いがたい、ベッドタウンのような町だった。だから、具体的に詰められると厳しい。


「湖? ああ、びわ湖だね。そっか、湖西から湖北のほうは結構田舎なんだよね」


 綾音はそう解釈する。勝手に納得するほうに話を進めてくれて助かった。記憶を探った印象だと、彼女は頭の回転が早く、教養もある。何でも都合よく解釈してくれるのかもしれない。


「でも、あの辺りに特区はないよね。今までどうしてたの?」


 しかし、そううまくはいかない。むしろ、聖の言葉に矛盾があれば、すぐに気づいてしまいそうだった。


「ふ、普通の学校に居たんだ」

「そうなんだ……」


 聖の返答に、綾音はまた含みを持った相づちをする。これも失敗だっただろうか。


「魔法が使えることを知らなくて。だからかな。ははは……」

「聖さん、大きなマナを持っているように感じる」


 聖をジッと見ながら、綾音が呟く。


「そんなのわかるの?」

「うん、だいたいの魔女ならわかると思うよ。だから、なんで誰にも気づかれずに、普通の学校に通っていたのか不思議なの」


 口元に手を当てて考えこむ。聖はすぐに逃げ出したかった。

 自分の足が絡まりそうになり、歩みが止まる。風が首筋を撫でる。


 聖は動揺を隠すのが苦手らしい。自分のそんな弱点に気付きながら、何とか心を落ち着けようと、意識的に深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。


 聖が立ち止まったことに気付き、綾音は振り返る。聖の心臓はバクバクと音を立てる。

 そんな聖をよそに、綾音はにっこりと笑みをみせた。


「どうしたの?」

「ううん、なんでもない。ちょっとつまづいちゃっただけだよ」


 もう、聖からはボロしか出てこない。いっそはっきり問い詰めてもらって、白状したい気分だった。


「来たばかりだから疲れてるのかな。もうすぐだからね」


 しかし、彼女は怪しむこともなく、聖のことを優しく気づかってくれた。疑っているわけではないのかもしれない。


 もうすぐ、という言葉に安心し、聖は再び歩を進める。東塔と思わしき建物は、もう目の前だ。寮もその近くなのだろう。

 到着したら、綾音には少年探しに戻ってもらい、今度こそ特区から抜け出そう。一度立て直す時間が欲しかった。


「聖さんは、自分のお母さんのことを知ってる?」


 不思議な質問だと思った。でも、よく考えると、魔女ならこの質問が一般的である可能性があった。


 多くの魔女が施設出身らしい。つまり、両親を知らないことが、魔女の普通なのだろう。それを尋ねるのは、普通のことなのかもしれない。


「ううん、知らないんだ」


 当然、聖はそう答えた。本当のことを言うほうが、リスクが少ないと思ったからだ。


「そうなんだ。じゃあ、どうして施設に入れられる時に、マナの有無を調べなかったんだろうね」


 しまった。これも失言だったか。魔女専用の児童養護施設があるのなら、当然、その選別もされているはずだった。

 そもそも、親のわからない魔女は『ノルン』という研究所で産まれたはずだった。

 嘘に嘘を塗り固めるしかない。聖は思いつきででっち上げることにした。


「た、多分、ノルン出身じゃなくて、親に捨てられたとか、そういう経緯で施設に入ったからじゃないかな?」

「…………えっ? 今、なんて……」


 綾音の表情が深刻なものに変わってしまった。何がおかしかったのだろうか。聖は焦りながら言葉を重ねる。


「親に捨てられたとか……」

「そこじゃなくて」


 はっきりと警戒されている。この場を切り抜けるすべなどわかるはずもなく、要求どおりに、自分のセリフを反すうする。


「ノルン出身……じゃなくて――」


 綾音は目を見開いた後、そっと目を伏せた。そして間合いを詰められる。

 首もとに硬質な棒を当てられる。その手は少し震えていた。


「これはマナ収束装置です。騒げばこの先からマナの束が出て、あなたの首を貫きます」

「ええぇっっっ!!?? …………!!」


 聖は慌てて声を殺す。両手をあげて、無抵抗であるとアピールをした。


「ノルンのこと、誰から聞いたの? あなたは……何者?」


 誰から聞いたかって、これは綾音が持っていた情報だ。しかし、綾音から、なんて言ったら、それこそ魔法で首を貫かれるかもしれない。


 自分が何者なのかなんて、答えたくても答えられない。自分でもわからないのだから。


 下手なことを言えば殺される。何を疑われているのかもわからない以上、無心で潔白を主張するしかない。


 それは、全てをさらけ出すしかないということだった。


「…………変身、できるんです。綾音さんに変身して色んなことを知っただけで、詳しいことは何も知らないんです」


 聖は少年の姿に変身し、半泣きになりながら言った。


「えっ……? 君は、さっきの……」

「本当に何も知らないんです。本当に……」


 聖の情けない姿を見てから、綾音はそっと武器を下げた。その表情はどこかホッとしたようだった。

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