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第93話 花火師の資格はお持ちですかな?


 お姫ちゃんを見て、幻覚ちゃんの伯父さんの腰が砕けたのはとりあえず置いといて。


「いっただっきます!」


 ハンバーグをひと切れ口に運ぶ。

 じゅわ~。


 肉汁が口の中に広がる至福の食べ物がそこにあった。これは国が保護するべきものではないだろうか。


 美味しくて美味しい。

 だめだ、味を表現する能力が著しく低下した!


 美味しいのも当然だが、何より食べても平民が気絶をしない、これは重要なのだ。

 小さなお子さんにも安心して食べさせられる、安全食品なのである。


 フィギュアちゃんがハンバーグに挟まって食べてるよ、フィギュアバーガーかな?


 皆も笑顔で食べている。

 お姫ちゃんも美味しそうに食べてくれているのは嬉しい。


 これで、この〇〇は何ですか? などと言い出してたら、ハンバーグ侮辱罪で王族を逮捕しないといけなかったよ。

 お姫ちゃんの舌にも満足だったようで何よりだ。


 さて、ハンバーグも食べた事だし、とりあえず置いておいた伯父さんの腰の具合を見てみようか。

 本来なら初等治癒魔法で砕けた腰は治せないんだけど、ハンバーグパワーで出力が上昇した今の私ならいけるかも。


 幻覚ちゃんの伯父さんも、庶民向けに作ったハンバーグを王族が食するのを見て、生きた心地がしなかっただろう、可哀想に。


 そう思っていたのだが店主はにこにこ笑顔だった。


「あの、砕けた腰は大丈夫なんですか? ぎっくり腰なんですよね」

「リンナファナさんが最高の笑顔で食べるのを見ていたら、ぎっくり腰が一周回って治りました」


 どういう事かしら。


「殿下はどうでしたか?」

「あなたの笑顔につられてとても美味しかったです。ここも素敵な東屋ですね、うちの庭にも是非作りたいです。小鳥や蝶に囲まれて楽しいひと時を過ごせそうです」


 おいこら王侯貴族、東屋じゃなくてレストランだ。

 周りの人たちもお庭に集まった蝶々や小鳥じゃなくて、人間のお客さんだからね。



 その夜は、お姫ちゃん共々幻覚ちゃんの伯父さんの所に泊めてもらった。

 天蓋付きベッドとか無いけど大丈夫だろうか、と思えば。


「私はついこの前まで地面の下の穴の中で寝ていたのですよ。猫が布団代わりでしたし」


 猫じゃねーけどな。

 穴の中に比べたらどこもまともだよね、でもそれはそれで失礼な気もするけど。


「モグラの親子とか見た? 運動会とかしてた?」


 穴の中の生活に幻覚ちゃんが食いついている。どうかこの子がうっかり穴居生活をしだしたりしませんように。


 ハンバーグパーティーが終わった後は、ちょっとしたパジャマパーティーになった。




****




 動きがあったのは次の日だ。

 お昼近くになって伯爵が接触してきたのだ。


 伯爵家から迎えの馬車が来て、事情を説明したいからどうかお越しくださいとの事である。


 釈明したいのなら自分から来なさいよとも思うけど、伯爵までぞろぞろ従者付きでやってこられたら、幻覚ちゃんの伯父さんの腰が持ちそうにないのでこちらが出向くのは仕方ないのかな。


 馬車に乗ったのは迎えに来た使者とお姫ちゃんと私、私に乗っているのがフィギュアちゃん。モブ男くんたちは徒歩での護衛だ。


「少し馬車を止めて頂けないでしょうか。昨日は手土産も持参せず心苦しかったので、何か用意いたしましょう」


 お姫ちゃんが馬車を止めたのは、商店や屋台が立ち並ぶ賑やかな大通りである。

 きょろきょろと散策していた彼女は、一軒の屋台で足を止めた。そこはとある丸い物体を扱っている屋台のようだ。


「そろそろ季節ですし、そうですね、このスイカを持ってまいりましょう」

「へいらっしゃい」


 まてまてー、それスイカじゃなくて花火じゃん!


「あらあら、私だって綺麗にカットされる前のスイカがどのような物かは知っているのですよ、こんな見事なスイカは見た事が無いです。その大玉のスイカを頂けるでしょうか」


 だからスイカじゃないって言ってるのに。


「大玉となると、花火師の資格はお持ちですかな?」

「王位継承の資格なら持っていますよ? おいくらでしょう?」


 全く話がかみ合ってないよ!


「仕方ありませんな、これは一流の花火魔法を仕込んだ大玉でしてな。花火師の資格? なんだっけそれ、特別にお売りいたしましょう」

「まあ、美味しそうなスイカをありがとうございます」


「そうでしょう、丹精込めて育てましたからな、はははは。ヘヘー!」


 あ、店主がひれ伏した。

 花火師の資格は無いけど、王位継承の資格の前に日和ったか店主。


「とても良いスイカが手に入りました。伯爵も喜んでくれるでしょう」

「空高く飛び上がって喜んでくれると思います」


 怖い、天然なのかわざとなのか、王族怖い。


 なんだか成り行きで一緒に行動してしまっているけど、やっぱり王侯貴族とは関わらずに逃亡した方がいいのかも。

 でも年下の女の子を一人で放り出すのも気が引けるんだよね。


「ねえリン、あそこに炭酸が売ってるよ。買って行こうよ」

「ああそういえば、炭酸を買おうって話をしてたんだっけ」


 フィギュアちゃんが見つけてくれたお店で炭酸を選ぶ。


「この中で強炭酸のビンをくださいな」

「らっしゃい、こっちのラムネだね、お嬢ちゃん可愛いから一本オマケしとくよ」


 ラムネが二本になったので、どうせならともう一本買って三本にした。

 一本は伯爵用に、一本は私とフィギュアちゃんで飲み、もう一本はお姫ちゃんにあげるのだ。


「あらあら、なんですかこの舌がピリピリと痛い飲み物は。まさか毒ですか? とうとう私も毒殺されてしまうのでしょうか」


 そう言いながら全部飲むのか。甘いから仕方ないか、これは飲んじゃいけないと思いつつもごくごくいっちゃうよね。

 王女って普段こういう飲み物は飲まないのかな?


「とてもセンセーショナルな飲み物でしたね。甘くて喉がスッキリしまひっ」


 慌ててお姫ちゃんの口を押える。ヤツが来たのだ、乙女の敵である。

 お姫ちゃんの口の中でボフという音が聞こえた、このくらいなら大丈夫か。


 王家の姫様に飲ませない理由がわかった気がする。

 私も慌てて自分の口を押える、これは結構苦しいのだ。甘いスッキリの快楽の影につきまとう、恐ろしい罠である。


「あまーい、リン、炭酸って美味しひっ」


 慌ててフィギュアちゃんの口も押える。


『ポン!』


 おい、なんか音がしたぞ。部品が飛んで行ったりしてないだろうな。


「ふー、アホ毛が一瞬垂直に伸びたよ」


 アホ毛発射ギミックを装備できるかも。

 でもアホ毛を飛ばそうとして首が飛んで行っても困るな、やはりこれは危険な罠かも知れない。


 次回 「飛んで火にいる夏の虫だったみたい」


 リン、だんだん花火がスイカなんじゃないかと思い始める

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