第9話 あらやだ、魔物が何故か吹き飛んだわ
ミノタウロスの素材とお肉を回収して休憩となった。
「お腹が空いたんだブヒよ、早速お肉をここで食べようブヒか」
「そうだね、ミノタウロスってそこそこ美味しいって話だもんね。一回食べてみたかったんだよ」
「私もミノタお食事会に賛成です」(メガネくいっ)
なんですか、いきなりダンジョン飯ですか。
なんというかこのパーティーはつくづく普通じゃないよね。
何日もダンジョンに篭るパーティーの場合には、安全地帯でご飯を作る事もあるけれど、ここ通路のど真ん中だよ。
「火を起こす道具とか持って来てるの? それとも誰か火の呪文を唱えられるの? 私女の子だし生肉はちょっと……」
枕は齧っても生肉をモリモリ齧るワイルドさは持ち合わせていないのだ。
「大丈夫です、私に任せてください」
そう言いながらメガネ君が自分のかけていたメガネを外して、集めたボロ切れにかざしている。
「何してるの?」
「こうやってレンズで光を集約して一点に集めて点火するんですよ。子供の頃実験でやりませんでしたか?」
「いやいやいや無理でしょ! ここダンジョンの中だよ、光り苔の淡い光じゃ無理よ」
光り苔の光って熱は全然無いんだよねえ。
「大丈夫です、私はメガネ師ですから」
「だからメガネ師って何なのよ! うわっ火が点いた! 何でよ!?」
「何でと言われましても、メガネ師だから?」
かけなおしたメガネをくいっとしながら不思議そうな顔で見ないで欲しい、不思議な顔をしたいのはこっちなんだからね。
もう深く考えるのはやめよう、考えたら負けのやつだ。あらミノタウロス美味しい。
「さすがミノタウロスブヒ、牛肉に近いブヒ」
そうなのだ、モブ太君の言う通り牛肉の焼肉にそっくりなのだ。
実は私もミノタウロスを食べるのは初めてなので、新鮮な驚きと美味しさで夢中になってしまった。
美味しい美味しい、そして美味しい、幸せ~。
ダンジョンの通路のど真ん中で、焼けたお肉を皆でお腹に収めまくった。ちょっとしたミノタウロス宴だ。
他の冒険者パーティーが『何やってんだこいつら』という顔をして通り過ぎて行った。
「ねえねえ、このお肉を晩ご飯用にもう少し持って帰ろうよ」
「いや晩ご飯と言わずにできるだけ回収して持って帰ろう、モンスターのお肉は腐り難いからね。何日も持つんだよ」
ホント!? うわー夢が広がるわー。
勇者パーティーはお肉なんか見向きもせずに捨ててたからね、帰ったら町で豪遊できるからお肉を持って帰る必要が無い。贅沢って怖い。
ミノタパーティーの後でまだ先に進む事になった。
もしかしたらもっと美味しいお肉が、この先で私たちを待ち構えているかも知れないのだ。輝かしい未来が待っているのなら進むしかないでしょう、帰る選択? アホかと。
暫らく進むと待望の二体目のモンスターに遭遇した!
そいつはポイズンスパイダー! 簡単に言うとくっそでかい毒蜘蛛である。
毒蜘蛛は石筍が立ち並ぶ洞窟の奥からのっそりと現れたのだ。
私の顔が歪んだのが、他のメンバー三人にはお分かり頂けただろうか。
女の子だから虫系は苦手。実はクワガタやカマキリくらいなら平気で触れるけど、可愛い女の子としては虫全般が苦手というスタイルには拘りたいのである。
しかし私の顔が歪んだのは別の理由にあった。
こんなん……食べられないじゃん……
美味しいお肉を求めてきた私のテンションは、ダダ下がりである。涙すら出たのである。
「うわー近づくと毒針を飛ばしてくる! 迂闊に近づけないなこれ」
リーダーのモブ男君が慌てて戻ってきた。
射程はそんなに無いものの、巨大毒蜘蛛に近づくのは危険かも知れない。
なんせ飛んできた毒針が当たった石筍が、ジュっと溶けたのだ。人間に命中したらひとたまりもなくお肉にされるだろう。
お肉にするつもりが逆にお肉にされたんじゃたまったものじゃない。
しかも私たちを狙って毒針を飛ばすのならまだしも、四方八方お構いなしに連射してくるのだ。壁や天井が溶けて穴が開きまくりである、危ないったらしょうがない。
ちょっと落ち着きなさいよ、蜘蛛!
「こういう時こそ中距離攻撃ができる私の出番ですね」
メガネ君がクロスボウを構えた。
どれどれ、あれ、今度はちゃんと矢をセットしてる。
メガネ君は私の顔を見て、メガネをセットし直した。
「別につっこみたかったのにと、ガッカリしてるわけじゃないからね! そんな優しさいらないからさっさと矢を撃ってよ!」
発射された矢はポイズンスパイターまで飛んで行き、『カーン』と弾き飛ばされてしまう。
「どうやらあのモンスターは重装甲のようですね。どれ、矢が跳ね返って行った角度と距離をノートに」
「重装甲の事を書きなさいよ! というかノートに記載は後にしよう、目とか口とかにうまく当てられないかな」
早くしないと大蜘蛛が迫ってくる! 頑張って! 私は後ろからメガネ君の背中を応援しながら見つめる。
あらやだ、メガネ君の背中にクワガタが掴まってるわね、さっき逃げたやつかしら。
これはいけない、クロスボウの照準に支障をきたしてもいけないし、乙女としては男性の背中にゴミが付いていたら取ってあげないと。それが乙女の様式美なのだ。
私がクワガタを捕まえようとすると、その昆虫はメガネ君の背中を挟んだ。
「ぐえ」
発射する直前に加えられた衝撃で思わず上を向いたクロスボウから飛んで行った矢は、スーっと天井に吸い込まれて行った。
「ご、ごめんなさい、こいつが」
しかし犯人は既に逃亡した後だったのである、やつの完全犯罪に私は巻き込まれてしまったのだ。
その直後だった。
ズド――――――――ン!
毒針で溶けた根元の亀裂にでも矢が当たったのか、天井のどでかい鍾乳石が落ちて来てポイズンスパイダー撃破!
大蜘蛛は直撃を受けて潰れてしまったのだ。
『パチパチパチ』
ポカーンと潰れた蜘蛛を見ている私を、三人が取り囲んで拍手をする。
「さすがですね、あの矢では倒せないと判断してすかさず別の目標に軌道修正するとは」
「やっぱり凄いやリン! 第一線のパーティーメンバーだった事はあるよね!」
「ブヒ」
いえ、私クワガタに犯行の罪を押し付けられて逃げられただけなんですけど。
後、モブ太君も何か言って頂けますか。
「ワケがわからない内にモンスターを倒しちゃったけど、こいつは食べられないよねえ」
お肉が無いからか倒した達成感がイマイチだ。まあお肉があっても倒した達成感があったかというと、正直微妙である。
「素材は一応持って帰ろうか」
リーダーが蜘蛛の足や牙を回収している横で、メガネ君も蜘蛛の毒〝ポイズンスパイダーポイズン〟を収拾している。
「何でそんな物を拾ってるの?」
「この毒は色々な薬に応用されるから売れると、昔薬屋の隣の魚屋のお婆さんから聞いた話をノートに記載していましたので」
「お魚屋さんが薬屋さんの隣でお薬売ってたの? 営業妨害もいいところね」
「対抗して薬屋では魚も売っていました」
やな商店街だな。
「でも鞄に入れたら鞄が溶けちゃわないのかな」
「大丈夫です。ポイズンスパイダーのポイズンスパイダーポイズンは、このポイズンスパイダーのポイズンスパイダーポイズン袋のまま収拾すれば溶けません」
頭がこんがらがるから略して!
へーでも知らなかった。
勇者パーティーはそれゴミとして捨ててたよ、あいつら本当にゴミだと思ったら容赦がない。
なんだろう……〝ポイズンスパイダーポイズン〟に親近感が沸くんだけど。
やだなあ。
でも少し多目に持って帰ってあげようか、我が捨てられ仲間よ。
次回 「ボロボロの勇者パーティー」
モブパーティー、ランクが上がる
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明日も二話投稿予定です




