第89話 のんびり馬車の旅はいいものだよね
村を出た私たちは、一路ハンバーグの町を目指す。
「トファンガの町だね、リン」
「申し訳ございません王女様、このような私共の馬車などにお乗せしてしまって心苦しいばかりです」
「お気遣いなく、世の中には農作物を運ぶ荷車もあると、家庭教師のリンチン先生から聞き及んでおります。私だってちゃんと勉強していたのですよ」
おいこら王侯貴族、これ人間を運ぶ馬車だっての、幻覚ちゃんのお母さんに謝れ。
「帰ったら馬車屋のオヤジに文句言ってやろうよお母さん、王女様にそう言われたって。あのオヤジ、おんぼろ馬車のレンタル料金ボリすぎなのよ」
「レンタルとは何ですか?」
「契約して物品を借りる事です」
首を傾げたお姫ちゃんに説明すると、なる程とわかってくれたようだ。
「知っています。魂と引き換えに悪魔族と契約するのですよね、私だってちゃんと勉強しているのですよ」
そんな物騒な契約じゃねーわよ!
馬車を借りる程度で命の契約してたら人類が滅びるわ。
「この荷車は旦那様の崇高な犠牲を払って契約したのですね」
お姫ちゃんの中では、ここにいない幻覚ちゃんのお父さんが悪魔の犠牲者になってるよ。
「お父さんなら今ごろうちの宿で働いていると思うよ。お母さんの代わりに女の子をアルバイトで雇ったから、元気に働いているんじゃないかな。鼻の下が伸びてたもん」
「あらそうなの? ふふふ」
やめてあげて幻覚ちゃん。笑顔のお母さんの目が笑ってないから、宿屋のご主人の危機だから。
「おほほ、私はあの人は浮気なんかしないと信じていますから」
そりゃ、隣のご主人みたいに宿屋の二階から逆さ吊りにされたくないもんね。
「もし何かしてたら、リンお姉さんに討伐依頼を出そうよ」
そっちも冒険者の仕事じゃないよね。
一体何の冒険をさせる気だ。
「ところで殿下、このままトファンガの町に向かってもよろしいのでしょうか。一旦どこかで殿下の近衛隊と合流した方がいいのではないでしょうか。殿下の部隊はどちらでしょう」
モブ男君の言う通り、部隊と合流した方がお姫ちゃんの安全は確保されるかもしれないね。
「王女である私が行方不明になったのです。恐らく私の近衛隊は、捜索の為にトファンガの町に全軍が駐屯しているはずですね」
必死に探してるだろうな。下手したら全員の首が飛んでもおかしくない事態だもん。
「でも私はなるべく穏便に済ませたいと思っています。私が軍を率いて殴り込みに行っては、それこそ内乱になってしまいます。伯爵の領主軍はそれなりに精強なのですよ、今は他国に付け入る隙は与えられません」
なるほど、こっそり伯爵一人だけに打ちあがってもらうのが一番か。私の花火師としての腕がなるわね。
「ねえリン、花火って下から見るのと横から見るのでは形が違うの?」
おいおいフィギュアちゃん、謎の光る玉とか拾ってないだろうな。
「この前ビー玉拾ったよ?」
捨ててください。
「あらあら、魔法なので形は自由自在のはずですよ。妖精さんなら飛んで確認できるんじゃないでしょうか」
「私飛べないもん。リンが思いっきり空にぶん投げてくれれば花火の中に突入できるかな」
私にそんな投擲能力はないから。オーガやサイクロプスへのアホ毛アタックの時も、実は肩が外れそうになってんだよ。
お姫ちゃんはフィギュアちゃんの事を妖精の子だと思ってたんだね。
だから喋って動いてるフィギュアちゃんに対して、特に驚いたりしなかったんだ。
いや、普通は妖精がいたら驚くんだけど、土ドラゴンにも動じてないような人だからねこのお姫ちゃんは。
小さな事は気にしない、王侯貴族は凄いな。
「ところでメガネ師とはなんでしょう」
そこ、まだ気になってたんだ!
気になるんだろうけどもう忘れて! 博識の私にもわからない事があるから!
牧歌的な風景の中を馬車は進む。
こういうのんびりと馬車に揺られての旅はいい物だ、お姫ちゃんにも面白い経験になったかも知れない。
「やあこんにちは」
たまにすれ違う人たちが気さくに声をかけてくる。
あの人たち、まさか自分が声をかけた娘さんが、この国の王女殿下だとは思ってないだろうな。
お姫ちゃんは馬車の窓から外を眺めていたので、服装まではわからないからちょっと裕福な娘さんくらいにしか見えないはずだ。
三日間のんびり馬車の旅を続けていると町が見えてきた。
いよいよあれがハンバーグの町である。
「トファンガの町だね、リン」
因みに今日のお昼ごはんもモグラだった……幻覚ちゃんの要望で旅の間はモグラ三昧なのだ。
こ、これでやっと違う物が食べられる。この付近のモグラもほっとしているだろう。
町に入った私たちは馬車から降りて今後の行動を思案している。これから何をするのか、これはとても重要な事なのだ。
先ほどお昼ご飯は食べてしまったのでまだお腹は空かない。お礼のハンバーグステーキを食べるまでに、なんとしてでもお腹を空かせておかなければならないのである。
これは私たちモブパーティーに課せられた使命なのだ。
今すぐに食べろと言われれば食べるけどね。でも死にそうなくらいお腹が減っていた時の方が、ハンバーグの輝きは数十倍にも増すのだから仕方がない。
町の観光でもすればいいのかな、何か面白い催し物でも広場でやってないかな。
「じゃあ僕たちは何か適当な依頼が無いか、冒険者ギルドに一旦顔を出して――」
『にゃー』
猫の鳴き声にふと全員で足元を見ると、例の子爵家のお嬢様の猫ちゃんが座っているではないか。首輪には依頼書が丸めて挟まっている。
また脱走して来たのかよ! どこまで逃げる気だ猫ちゃん!
しかも自らの捜索の依頼書を自分で持って来ちゃったよ!
「ぼ、僕たちは冒険者ギルドに依頼解決の報告に行ってくるよ」
「いってらっしゃーい」
猫ちゃんを抱いて去って行くモブ男君たちを見送った。
もう完全に仲間に仕事を持って来てるよね、あの猫ちゃん。
「では私は兄夫婦のレストランに顔を出してきますね。スージーはどうするの?」
「私はリンお姉さんと一緒にいるよ」
「そう、それではルーアミル殿下、私はこれで失礼いたします」
馬車で走り去る幻覚ちゃんのお母さんを見送る。その姿は私には輝いて見えるのだ、天使の馬車かしら。
ハンバーグステーキの件よろしくお願いします。
「それではリンナファナ様、これから伯爵の屋敷に向いましょうか、ご一緒していただけますか」
い、いきなりカチコミですか?
次回 「町の広場にはやはりヤツがいた」
リンと王女、ほっかむりをする




