第74話 山の殲滅
軍隊の前に私が現れ、そして逃げる。軍隊は私を追って山から退く。
これが私たちの作戦だ。
猫ドラゴンが心配そうに自らの背の上の私を見た。
お前は本当に面倒見のいい猫だよね、いや猫と言っていいのかわからんけど。
こいつはドラゴンなんだけど、私の中ではいつもオヤツをくれた近所の猫なのだ。
私は猫の身体を撫でてやりながら、山の上の子供たちの事をお願いする。
これからもあの子たちを見守ってあげて欲しい。
いやーそれにしてもこのもふもふ感は癒されるわー。
しかもいい匂い、これお日様の匂いだね。
このままお昼寝をしたい気分だが、そんな事も言ってられない。
私はこれから軍隊からの逃亡劇を演じなければいけないのだ。
準備運動でもしておくか。
腕を振ってー村娘体操ー。
『にゃー』
猫に怒られた。
飛行中の背中の上でアホが立ち上がれば猫も怒るわね。
私が反省している間に山を下ってもう麓だろうか、暫くは森林が続く。
「まさかもう軍隊の進撃が始まったりしてないだろうね」
低空からフィギュアちゃんと二人で真下の森を注意して見つめるが、まだ軍隊の動きは無い様だ。
食事中のモンスターがドラゴンの姿に驚いて食べ物をひっくり返している。
人生で一番至福な時間を邪魔したね、いやーごめんごめん。
麓の森の上空をしばらく飛んでいると、とうとう軍隊が集結している所に出くわした。
森を抜けた開けた場所での物々しい軍勢の集結である。
利根四号ちゃんの報告通りで、皆同じ鎧装備の兵士たちがずらりと並んでいる。あちこちに軍旗が立ち統制が取れた陣だ。
それはどう見てもモンスター狩りに集められたような冒険者の集団ではない、こいつらは軍隊だ。
この山に戦争をしかけようとしている集団なのだ。
数はどうだろう、数百? いや千人くらいいそうだよ。
「うわーオッチャンたちが一杯いるねー、どっちが白組なの?」
「運動会じゃないんだからそんなの無いと思うよ」
これが楽しい運動会だったら、どんなに気が楽か。
軍隊の上空を私たちを乗せたドラゴンは旋回した。どこか適当な場所を見つけてさっさと降ろしてもらおうか。
ドラゴンを見て兵士たちが騒いでいるのが見える。声も聞こえてきた。
「ドラゴンだ! ドラゴンが出たぞ!」
「全軍! 戦闘準備!」
指揮官らしい人物の号令で軍隊が殺気だったのがわかる。
うわまずい、いきなりドラゴンを攻撃とか血の気が多すぎるんじゃないのかな。猫と間違えてない? 見た目は猫だけどドラゴンだよこれ!
「ドラゴン強襲!」
「弓兵隊構え! 放て!」
うわー! とんでもない数の矢がこっちに向かって飛んでくるうう!
いくら猫はしなやかだといっても、こんなの避けきれるわけないじゃん! 私たちみんな矢の山になっちゃう!
猫が火を吐いた。
ドラゴンが火を吐いたとも言う。
炎に巻かれた矢は、こちらに飛んでくる前に全て焼き尽くされたようだ。
下の軍勢からどよめきが起こるのを私は得意満面で見下ろす。
どやぁ! こいつ猫じゃなくてドラゴンなのよ!
それにしてもお前が火を吐くのを久しぶりに見たわね。
昔はそれで獲って来た魚とか焼いてくれたっけ、随分便利な猫もいたもんだと感心してたのよ。
「ねえ、リンて猫をちゃんと見たことあるの?」
失礼ねフィギュアちゃん。子爵のお嬢様の逃亡猫ちゃんとか、他にもよく遊びに来る近所の白猫もいたわよ。
あの白猫は氷を吐くのよね、夏は涼しくて重宝したっけ。
そんなどうでもいい事よりも、とにかく軍隊の目の前に降りなければいけない。
後は私が姿を現して全力逃走だ。
上空を旋回する私たちを見つつ、騎乗の将校たちが大声で命令しながら走り回っている。
「ドラゴンが下りてくるぞ! 全軍隊列を整えよ!」
「第一から第三小隊はドラゴン正面へ! 第四、第五はそれぞれ左翼と右翼から攻撃を仕掛ける!」
「打撃群は密集隊形!」
何でドラゴンと戦争する気になってるのよ!
「全軍をもってドラゴンを撃滅する!」
「貴族の物資をかっぱらっていく盗人ドラゴンの奴め、わざわざ山の頂上から降りてきてくれるとはな! 討伐してくれるわ!」
「ついでに悪事ドラゴンの巣窟の山も殲滅してやる! 山の上に住む者共を皆殺しだ!」
「おおおおー!」
何を――
私の頭の中が一瞬真っ白になる。
何を言っているのこの人たちは、私が目標じゃないの?
この軍隊の目的は私じゃなくてドラゴン? そして山の殲滅?
子供たちを皆殺し……殲滅。あの子たちを――
私を心配して、泣いてくれて、最後は笑顔で見送ってくれた。
コムギちゃんやジーニーちゃん、ミーナスちゃんの顔が浮かぶ。他の子供たちの笑顔、笑顔、笑顔。
自分の手が震えるのがわかる。
「ふっざけるなああああああああああああああ!」
軍隊のど真ん中に突入してやる!
暴れて、暴れて、暴れまくってやる! 引きちぎって、引き裂いて、叩き潰して!
落ち着け! 落ち着け私。
それじゃ意味がないのよ、例え軍隊に大損害を出そうが、ドラゴンも私たちも討ち取られて終わる。
あの子たちを守る為にもドラゴンをここで失うわけには行かない。モブ男君たちだって大切だし、軍の兵士たちに犠牲者が出るのだって本当は嫌だ。
考えろ!
涙で滲む私の視界にあるものが見えた。
「まだ助けられる道はある!」
次回 「山の加護?」
リン、勝負に出る




