第62話 絶体絶命の危機だよ
サイクロプスが靴を履いた。
それは腰のベルトにぶら下げていた、動物や魔物の毛皮で作られた靴だった。
「もう! これだから人型のモンスターは困るのよ! 常時裸足で野山を駆け回ってなさいよ!」
人型の魔物は何かの装備を身に着けている事も多いのだ。
それは武器だったり着る物だったり枕だったりする。
まあ正直言うと、腰には何か穿いてて欲しいのは確かである。
じゃないと乙女としては手で顔を覆って、開いた指の間から覗くハメになるのだ。お前それ見えてる見えてるってつっこまれてる場合ではないのである。
この巨人はわざわざ靴を履くことで私の攻撃を防いできた。
それだけ私が嫌だったんだろうから、珍しく自分が戦力になった事にドヤ顔で胸を張りたいところだが、こうなったらもうお手上げだ。
為しに靴の上からロッドをぶち込んでみたけど、ふわっという優しいもふもふ感触が返って来てダメージは殆ど無い事がわかる。
その証拠に叩かれてもサイクロプスが悲鳴を上げないじゃないか。もふもふ感に私が癒されている感すらある。
こうなるともうサイクロプスのターンなのだ、一番の脅威だった人間の小娘は無力化したのだ。
どーせ最初から無力だったけどね!
攻撃がなかなか当たらないモブ男君たちを相手にして、ザコ化した小娘は無視すればいいのだから楽勝だろう。
どーせ最初から私はザコだったけどね!
モブ男君たちはそれでも善戦していた、三回に一回しかダメージを与えられなくなっていたが、確実に相手の足に傷をつけている。
鉄の剣で切りつけ魔女っ子ステッキで殴り、クロスボウの矢を直接手で突き刺していく。
少しずつ、少しずつだがサイクロプスの足にダメージが蓄積されているのがわかる。
因みにこうなると私はもう邪魔者でしかない、フレンドリーファイアをかまさない為に後方に下がるしかないのだ。
たまに転がってくる仲間の、擦り傷や打ち身捻挫ツメの割れを初等治癒魔法で癒すだけである。
「がんばれー! モブパーファイト!」
「がんばえー」
男子に対する後方からの女子(私とフィギュアちゃん)の応援だ。
転がってきた男子の汗をタオルで拭いて、口に村で貰ったレモンのハチミツ漬けを放り込んで送り出してあげる。因みにモブ男君である。
フィギュアちゃんも欲しがったので一切れあげた。私も一口、うん甘い。
メガネ君が転がって来た。
おでこにメガネが乗って『メガネメガネ状態』になっていたので、ちゃんと顔にかけなおして戦場に送り出してあげる。
モブ太君が転がって来た。
いつも大事にしていたフィギュアの首が抜けていたので、はめ直した後で胸ポケットに入れて戦場に送り出してあげる。
私の後方支援は完璧である。
皆戦いに集中できるのだ。
素晴らしい我がパーティーの連携の前に、着々とサイクロプスは追い詰められていた。ヤツの足はもう打撲捻挫切り傷で、とても痛い事になっているのだ。
モブ男君たちの疲労も蓄積されているだろう、しかしこのまま押していけば私たちは勝てる! あともう一分張りなのだ!
どうだ痛いだろう! これに懲りたらさっさと辺境にでも篭る事ね! あっはっは。
「これをずっと繰り返していけば勝てるぞ!」
「やってやるブヒ!」
「頑張りましょう!」(メガネくいっ)
パーティーメンバーも勝利を確信したようだ。
しかしこの後、私たちは絶望の淵に立たされるのだった。
巨人が足の傷に治療薬を塗りやがったのだ!
「ええー反則だよ! モンスターなら元気に自然治癒にまかせなさいよ! 自分の回復力を信じなさいよ!」
思わず巨人に説教をしてしまったよ。
一生懸命詰んだ石が完成間近に崩されたこの感じはなんだろう。どこの地獄だこれは、カナより先に死のうとした私が悪いのか。
まるで以前に挑戦した〝食べきったら料金無料の大食いチャレンジ〟で、頑張って死にそうになりながら巨大なステーキを食べきったら、直後に巨大なデザートが出てきた時みたいじゃないか。
あの時私は巨大なプリンに顔を突っ込んで気絶したんだった。ある意味幸せな気絶場所ではあったかも知れない。
まあ、あんなものをチャレンジするやつそうはいないだろうけど。
「ちくしょう! 大食いチャレンジででっかいステーキの後で、でっかいプリンが出てきた絶望感を思い出した!」
「あの時はプリンの中で泳ぐはめになりましたね」(メガネくいっ)
チャレンジしたやつ他にもいたよ!
まあ、さすがに完食したやつなんかいないだろうけど。
「プリンの後で出てきた、でっかいアイスクリームとでっかいカレーライスも美味しかったブヒ。あれでタダは天国ブヒ」
完食してる奴がいたよ!
しかもあの後まだ続きがあったのかよ! カレーライスってなんだよ、クリアさせる気無いだろ!
私たちがクソどうでもいい絶望感を味わっている間に、治療薬のお陰で巨人の足はすっかり元に戻ってしまった。
しかもスタミナ回復薬まで飲んでやがるときた、どこで手に入れたのよそんなもん。
「こうなったらもう一度、傷だらけになるまで攻撃を続けるしかない」
「が、頑張るブヒ」
しかし私には見えてしまったのだ。
モンスターの腰のベルトには、まだまだ治療薬が挟んであるのである。これはもう詰んだのと同じ事だろう。
「もういいよみんな、逃げて! 後は私が!」
「冗談じゃない! リン一人に背負わせてたまるか!」
私の提案を拒否して、モブ男君たちはサイクロプスに挑んでいく。
一撃! 二撃! わずかな攻撃が巨人に入った時だ。
ドッガアアアアアアアアアア――――!
もの凄い衝撃が私たちを襲った。
お薬キメてフルパワーになった巨人が両腕の拳を組んで振り下ろし、目の前の岩を叩き潰したのだ!
その一撃で生じた衝撃波と砕かれた岩の破片で、パーティーメンバーが吹き飛んだ。
そのまま岩山を転がり落ちていくモブ男君たち。その姿は小さくなって、やがて私の視界から消えた。
こういう変わったお別れの仕方もあるのね。
恐らくアレンタ君たち勇者パーティーも、こんな感じでコロコロ転がって撤退していったのだろう。
さようならみんな。
あなたたちと一緒に冒険できた事、本当に楽しかった。夢のような毎日だったよ。
サイクロプスは勝ち誇ったように私を見ている。
後は私という生贄を手に入れて戦いはお終いなのだ、巨人が勝ち誇って当然だ。
まあ、やるだけはやったさ、悔いは無いよね。
後は最終手段が残されているだけ。
私が食べられている間にフィギュアちゃんがヤツのお腹の中に侵入して、内部から破壊すればいいのだ。
「リン、お供するよ」
フィギュアちゃんがトゲを握り締めて私の胸元にいる。
うん、後はフィギュアちゃんにまかせた。
サイクロプスが近づいてきて、いよいよ私に手を伸ばしてくる。
残り数十センチで私は手の中、そして数十秒後には口の中だ。
今までの冒険楽しかったな。
こんな大物と戦えて楽しかったな。
これで終わりか。私のお祭りもこれでお終い。
楽しい事はいつか終わるのだ。
寂しい気持ちにこみ上げるものを堪えようと空を見上げる、と、その時何かが光った。
何かがとてつもない速度で突っ込んでくる。
それは――
利根四号ちゃん!
妖精ストライク!
次回 「利根四号ちゃんからの贈り物」
妖精ちゃん、ストレスは溜めない




