第51話 光姫って誰なのよ?
侵入した私たちを、公爵は座ったままでうろたえる様子もなく眺めている。
「どこの貴族のご令嬢かな、そのような所から訪問とは、些か興も過ぎるのではないかな」
私は今王子邸で貰った豪華な衣装を身につけているので、貴族の令嬢と間違われた。
素早くロリっ娘ちゃんが公爵の後ろを取り、喉元にナイフを突きつける。
「何の真似だ」
さすがに自分を公爵だと思っての狼藉か、などという馬鹿げた事は言わないのね。
わざわざこの城のこの部屋を狙って来てる賊なんだから、そんなもの問う必要すらないのだ。
「地下牢の子供たちの件ですよ」
「ふん、馬鹿王子の手の者か。あの者は顔だけは良いからな、こういう馬鹿な娘が釣れるのだ、嘆かわしい事だ」
聞き捨てならないわね! さっきから私を王侯貴族の馬鹿と間違えたり、王子の手先の馬鹿と間違えたり。
私は由緒正しき平民の雑草なんですけど! 馬鹿は否定できないけど!
「あの者たちはな、この国を救う礎となるのだ」
「悪魔族と契約してですか閣下?」
「どこまで知っておるのだ。まあよい、このままいけばこの国も終わりなのはわかるだろう? あの馬鹿王子が王座に就けばこの国は終わる、虎視眈々とこの国の領土を狙っている他国に対抗などできん」
「まあ確かに殿下はポンコツですけど、そこまででしょうかね?」
ホラーな趣味以外では、案外まともな部分もありそうな感じなんだけど。うーん、あったかな?
「はっはっはっは、使いの者までポンコツ呼ばわりか、まあよい地下牢まで案内しながら話してやろう」
「閣下から鍵を奪えば済む事ですが」
「わしが使わないと意味が無い鍵なのでな」
「随分と慎重な事ですね。恐らく手首だけ貰ってもだめなのでしょう?」
仕方なく公爵と部屋を出る。
ロリっ娘ちゃんはぴったりと公爵についているので、おかしな真似をしない方がいいよ。その子、モンスターをワンパンするから。
「ここの王族は腐っておる。それゆえに王子が光姫などという存在に、愛想をつかされる事になるのだ」
「はあ」
また光姫様ですか。腐ってるのは貴族もだと思うんだけど。
「光姫様とやらって何者なのです?」
「確定はしとらんよ。馬鹿王子のやつはわかっているみたいだが、隠しておってな。だがわしにはこいつじゃないのかと確信しておる人物が一人おる、まだ会った事は無いがな」
「それは誰なんですか?」
「教えられんな、トップシークレットだ。光姫に関しては迂闊に何も言えんのだよ、何が起きるかわかったものではないからな。ネズミに向かって喋るのも、地面に穴を掘って叫ぶのも恐ろしくて禁止だ」
こえー光姫こえー。私は絶対に近づかないでおこう。
「全く、頭が痛いのだよわしも。わしが私利私欲の為に悪魔族に支援を要請してまで、王の地位を欲していると思うか」
知らんがな。
「あの馬鹿の第一王子を廃嫡できればいいが第二王子は生まれたばかりで、第一王女は王位継承をどう考えているのか今一つはっきりしない。陛下は持病の痔が悪化して、公務ができん有様だ。なんでも何故か馬車の中にビンのギザギザ蓋が仕込まれておって、それが直撃したらしい。暗殺者の仕業だともっぱらの噂だ」
誰よ、そんな酷い嫌がらせをするのは。人として間違ってるわね。
姫様って私より二つ年下だっけ。一回会った事あるけど、ぼーっとしてやる気をどこかに置いてきた感じだったな。
「もはやこの国はポンコツ化しておるのだよ」
「ポンコツ化ですか」
「うむ、光姫に愛想を尽かされつつあるおかげでこの国の輝かしい未来がさっぱり見えん。このままだと国民共々共倒れだ」
「それはちょっと困りますね」
おい光姫、私たちまで巻き添えにするなよ、迷惑だろ。
それにしてもこのおっさんは、何故こんなにペラペラペラペラ小娘相手に喋るのだろう。
可愛い女の子にあれこれ自慢したいから? 私たちを説得して味方に付けたいから? それとも――
広間に出て中央まで進んだ時にその答えは出た。
私たちは兵士の集団に囲まれたのだ、待ち伏せされていたのだ。
つまり、私たちを生きて帰す気がなかったと言うわけだ。
冥土の土産に教えてやろうって言う親切心なのだろう。ありがたや、ありがたや。お土産は是非ハンバーグステーキにして欲しい。
でもそれってフラグなんだけど、大丈夫?
「う、動くと刺しますよ」
「刺せばよい」
公爵はロリっ娘ちゃんの脅しには全く屈しない、度胸だけは本物である。
仮にも国を動かそうという人間はこういうものなのだろう。
でもどのような言葉を並べようが、他人を、子供を食い物にしてる時点でウンコでしかない。
平民の命なんてなんとも思っていない連中なんだから。
「わしを刺した瞬間に、兵士共によってお前たちは串刺しだ。わしは高価な薬で即座に復活よ」
金持ちズルイなあ。
「なるべく手足を狙え、すぐには殺すな。王子が遣わした暗殺者として、広場で火炙りにしてくれる。王子に引導を渡す道具にしてやろう。希望者がおれば、それまで好きに扱ってよいぞ。公爵の命を狙ったのだその報いは受けてもらおう」
「随分ゲスな事をおっしゃるのですね閣下、先ほどまでは救国の騎士みたいな事を主張なされていたのに、残念です」
「失望したかね?」
「ええ、私は閣下にガッカリです」
「私もカッカにガッカリ。ガッカリカッカー」
「何だ? 腹話術か?」
「いえ、お気になさらず」
ちょっとフィギュアちゃん、面白すぎるからやめて。
「まあ光姫でもあるまいし、貴様ごときにいくら失望されようが見放されようが痛くも痒くないわ、はっはっは! そうだな、一応名前だけは聞いておこうか、何家の者だ? 王子側と言うと、カルイタール家かイスマイル家か」
「コルウェス家です閣下」
「ふむ? そんな貴族おったかな?」
「私の名は、リンナファナ・コルウェスです」
「リンナファナ――!?」
あ、公爵閣下が面白い顔になった。私の村のハニワ君人形だ。
ハニワ君のまま固まって動かない。あ、ポッカリ開いた口から涎垂れてる。ハンカチで拭いてあげようか。
「閣下、いつでもその小娘共を串刺しに出来ます」
「待て待て待て――!」
兵士の言葉におしっこ漏らしそうな勢いで否定した公爵。
「リンナファナと言ったのか?」
「はい」
「あわわわわわ」
どしたのこのおっさん、何で急に慌てたの? お薬で治るとしても、やっぱり刺されるのは痛いから嫌になったの?
次回 「公爵が突然ポンコツ化したんだけど」
リン、公爵を泣かす




