第5話 メガネ師ってなんなのよ
森の中で偶然出会ったモブパーティーを改めて観察してみる。
冴えないモブ顔のリーダーは黒髪。
丁寧な言葉遣いのメガネくいっは、インテリ風メガネ君で黒髪。
太ってる人も黒髪。
全員黒髪で揃えて来ちゃったよ。もっとピンクとか青とかに散らしていこうよ、後ろから見たら誰かわからないよ、前から見てもわからないけど。
ちょっと待って、ブヒの人は胸ポケットに何入れてんの? 魔法人形の類かな、めずらしいな。
「ああこれブヒ? みんなのアイドル、メイプリーちゃんのフィギュアだよ! いつも一緒に冒険してるのさ!」
うわあー。
「ほら見た事か、彼女ドン引きしてるじゃないですか。女の子には刺激が強すぎるから、そういうのはやめて下さいって言ってるのに。だからこのパーティーは女の子からモテないんですよ。おやこれは珍しい」
メガネ君が突然草むらにしゃがんで何かを観察しだした。
「ほらこれ、昆虫型モンスターのてんとうビートルですよ。真ん中の黒い丸模様が、他の個体より一ミリほど大きいですね。これは珍しい」
「ちょっとちょっと、足を齧られてるわよ!」
てんとうビートルはリーダーの剣によって討伐され、メガネ君は嬉しそうにその背中の模様を観察した。
「おやよく見たら二ミリの間違いでした。これは早速ノートに記録をつけなくては」
一ミリ二ミリなんて誤差の範囲じゃないのだろうか。この人モンスターオタクなのかな。
初等治癒魔法をメガネ君の足にかけてあげながら、意外とモブじゃない特徴を発見して感心した。
でも結局この人もオタクかよ。
「ロドガルドに治療魔法かけてくれてありがとう、回復役がいないパーティーだから助かったよ」
「どういたしまして」
リーダーが私の手を取りぶんぶん振って感謝の意を表してきた。
どうでもいいけど、用を足してから手を洗ってないんだよねこの人。
「それでさ、さっきキミ、パーティーを追い出されたって言ってたよね。もし良かったら僕たちのパーティーに入ってくれないかな。さっきも言ったように回復役がいなくて困ってたんだよ」
「私、初等治癒魔法しか使えないから殆ど役に立たないお荷物だよ? ザコだよ?」
「あはは、ザコ度なら僕たちも負けないよ。冒険者になってパーティー組んで数年、未だに最低ランクのEランクパーティーだもの」
「ど、どういう構成なの?」
モブでザコとか可愛そうすぎて神様に抗議したくなってきたよ。
「僕が剣士」
「メガネ師です」
「萌えオタブヒ」
どういうパーティー構成なのよ! メガネ師って何なのよ!
今まで生きてた事を神様に感謝しなさい!
さて、そろそろ帰らないとね。彼らパーティーの事は見なかった事にしよう。そうしよう。
「あ、そろそろ門限だから帰らなくちゃ。執事のセバスチャンがうるさいのよね」
うー、そんなハムスターみたいな目で見つめないでよ……
でも私の初等治癒魔法を喜んでくれたのは、ちょっと嬉しかったのよねえ。
「わ、わかったわよ。私も今ヒマだし? ホントは引く手あまたなんだけど、仕方なくこのパーティーに入ってあげるわよ。か、勘違いしないでよね、他に行く所が無いわけじゃないんだからね」
言いながら涙目になった。他に行くとこなんかねーわよ。
「本当? わあーありがとう!」
「よろしくお願いします」(メガネくいっ)
「ツンデレ風味が萌えるブヒー」
「君みたいなキラキラしてる綺麗な女の子が入ってくれるとは思わなかったよ。僕たちのモヤモヤっとした薄暗い世界に光が輝いたみたいだ」
恥ずかしいセリフやめてもらえますか。
まあ黒髪の集団の中に金髪が一人混ざれば、そりゃ目立ちますけどね。逆に言うと金髪の中に黒髪が一人混ざれば、それも目立つわけだけど。
というわけで、私は新しい食っちゃ寝先、じゃなかったパーティーに加入する事になったのである。
えーと名前なんだっけ。
モブ男、モブ助、モブ太だっけ。
****
またもや安宿のベッドで固い枕を抱き締めて目が覚めた。
うーん、やっぱりどこのオッサンのハゲ頭が寝たかわからない枕を、抱っこするのは抵抗あるなあ。
実際は抱っこというよりはさば折りに近いんだけど、乙女フィルターはその辺はぼやかすのである。ここは可愛らしくクマのぬいぐるみでも買うべきじゃないだろうか。
昨日はあの後で私の歓迎会をやってくれたのはいいけれど、パーティーメンバーが泊まっている安宿の室内でやったんだよね。因みに私が泊まっている安宿でもある。
普通は酒場で盛り上がるんじゃないの? って聞いたら、全員お酒は飲まないとの事。さすがモブを徹底していらっしゃる。
買って来たスナック菓子とジュースで乾杯って、どこのおたのしみ会なのよ。まあそれなりに楽しかったからいいんだけどさ。
でもモブ太君には困った。
延々とアイドルのメイプリーちゃんだかカリーナちゃんだかの話を聞かされて、今やこの王都で一番メイプリーちゃんに詳しい女性冒険者に進化したんじゃないだろうか私は。
そんな嫌な思い出を胸に仕舞いつつ、冒険者装備に着替え始める。
今日から新しいパーティーメンバーたちとの冒険の始まりなのだ、ちょっとわくわくしている私がいるのだ。
確かそろそろリーダーのモブ男君が迎えに来てくれる事になっていたはず。
問題はモブ太君によって私の記憶が、全てメイプリーちゃん情報で塗り替えられてしまった事である。
パーティメンバーの顔が思い出せない。
思い出そうとしても出てくるのは、メイプリーちゃんの好物のプリン、メイプリーちゃんの得意技、メイプリーちゃんがよく着ている服の色、ええい邪魔だなこの無駄情報の山め。
このままではまずい。
下手したら迎えに来たモブ男君に、『えーと、どちら様でしたっけ?』と聞いてしまいかねないではないか。
一生懸命顔を思い出そうとしていると、トントンと私の部屋のドアが鳴った。
「やあ、おはようリンナファナさん、昨日はよく眠れたかい」
「えーと、どちら様でしたっけ?」
次回 「パーティーに取り憑いていた何か」
リン、Eランクパーティーは伊達じゃないと知る