第41話 あらやだリッチがリチってしまったわ
目を閉じていた私が、リンを右にというフィギュアちゃんの指示に従ったらリッチの攻撃を躱していたらしい。
谷の中でここまで散々お世話になったフィギュアちゃんコマンドなのだ、慣れというのは恐ろしい。
「ありがとうフィギュアちゃん、おかげで助かったわ」
「だって飴ちゃんが転がって行っちゃったんだもん、リンに拾ってもらおうと思って」
ありがとう飴ちゃん!
よくぞフィギュアちゃんの手の中から転がってくれた! じゃなかったら死ぬとこだったヨ!
私が目を閉じてフィギュアちゃんと飴ちゃんに感謝の意を表していると。
『だが一度躱した程度で喜んでいられるのもそこまでだ、怨黒の炎を食らえ!』
「リンを右に」
『ははは、いつまで躱せるかな、怨黒の炎! 怨黒の炎! 怨黒の炎!』
「リンを左に、しゃがんでジャンプ」
『何故当たらぬ!』
「もう! 何このガイコツのおっさん、邪魔ばっかりして! 全然飴ちゃん拾えないじゃん!」
ぷんすかしているフィギュアちゃんの頭を撫でて宥めてあげる。
「まあまあフィギュアちゃん、地面に落ちてからもう三秒以上経っちゃったし、飴ちゃんは諦めようよ」
「えー、食べてあげられなかったよ飴ちゃん……悲しい」
私とフィギュアちゃんは地面に穴を掘ると、その中にぶどう味の飴ちゃんを入れて埋めてあげた。
「ちゃんと食べてあげられなくてごめんね……」
飴ちゃんの小さなお墓の前で悲しそうに黙とうを捧げるフィギュアちゃん。
『おいこら貴様ら、我が神聖なる神殿であり、墓地であるこの地におかしな墓を建てるな』
「食べ物をちゃんと食べてあげられないのはとても悲しくて寂しい事なのよ! 食べてあげられなかった食べ物を可哀想に思うフィギュアちゃんの心がわからないの!?」
「そうだよ! おかしな墓じゃなくてお菓子の墓だもん!」
そ、そうねフィギュアちゃん。
『小五月蠅い小娘共が、この谷全体を焼き尽くしてくれようぞ、避ける必要も無き程にな!』
「待ってよ、私はあなたを説得したいんだってば」
できれば戦いたくないんだ、この人の境遇が悲しすぎるから。
このまま怨念として塵のように消滅させてはいけない気がするから。だってそんなの寂しすぎるじゃん。
『聞く耳は持たぬ!』
どうしてもやる気なの、リッチ!
「ねえリンお腹すいた。お昼のお弁当にしようよ」
え? このタイミングで? そりゃお昼時間はとっくに過ぎてお腹はペコペコだけど。
「もうちょっと待てないかなフィギュアちゃん」
「やだやだお腹すいたあ」
うーむ困った。
だだをこねるフィギュアちゃんが可愛くて仕方が無い。
ぐううう。
あらやだ、私のお腹も鳴ってしまったわね。これは乙女としては見逃せない。花の乙女はお腹をぐうぐう鳴らすわけにはいかないのだ。
剣ではダメージを与えられないし、こいつの説得には時間がかかりそうだし、長丁場を考えてここはお昼ご飯にしましょうか。
「ちょっとお弁当タイムにしてもいいかな?」
『舐めとるのかキサマ。ふんまあよいわ、最後の晩餐の機会を与えてやろう。その後でゆっくり殺してやる』
リッチが瘴気を放出するのを止めると、モブ男君たちが解放されたみたいだ。
「晩餐じゃなくて昼食なんだけどね。昼だ晩だを混同すると、村のあの食堂の割烹着のおじさんたちがうるさいと思うから、気をつけた方がいいわよ」
『何を言っとるのかよくわからんがわかった、これがジェネレーションギャップとかいうヤツか』
「さてお弁当は何かな~」
「リン、はやくはやく」
鼻歌交じりでお弁当箱を開けた私は、その瞬間息が止まりそうになった。
リッチの威圧でもなんとも無かった私が、お弁当で衝撃を受けたのだ。
「ハンバーグステーキじゃない!」
お弁当箱の中はぎっしりと詰め込まれたハンバーグなのだ!
副村長さんありがとう!
「ほら見て、ハンバーグステーキ! ほらリッチも見て! ハンバーグステーキだよ!」
『お、おう』
「はいフィギュアちゃん、あーん。リッチも食べる? 美味しいよ」
『この身体の我は食い物が食えん』
なんかもう処刑云々よりも、そっちの方が悲惨じゃないのこの人。
「因みにあなたは何が好きだったの?」
『あんパンだな、邪神の監視中によく仲間たちや恋人と齧ったものよ、我が青春の思い出だ。あの頃は良かった……日々が輝いていた』
そっかー、あんパンも美味しいんだよね。
ぱくぱく、もぐもぐ、あああ~おいひい~。
熱々だったら肉汁がじゅわーっとお口の中に広がる感覚もあったんだろうけど、冷めてもこれはこれで美味しい。
絶品よこれは。
瘴気にどっぷり浸されたこの谷の中で、私は天国いるみたいな気分だ。
何も考えられない、ハンバーグステーキの事だけを考えるしかない。リッチ? なんだっけそれ。国の危機? なんかあったっけ? 私? 誰だっけ。
「ごちそうさまでした!」
「ました!」
「おいしかったねフィギュアちゃん!」
「でりしゃすでした!」
えーと何だっけ、目の前にいるこの黒いの誰だっけ? あ、リッチだ思い出した。
さてお腹も一杯になったし、こいつの説得を再開するかな。長丁場を覚悟しとくか。
「ねえ復讐なんてやめなさいよ」
『うん、やめるわ』
「は?」
全員ポカーンとなった。喋ったリッチ本人もポカーンとしてる――ような気がする。
『小娘が幸せそうに糧を食しているのを見ていたら、こっちも幸せになってきた。もう復讐なんかどうもいいか』
え? 私? どゆこと?
『処刑以来このような気持ちになったのは初めてだ、感謝するぞ小娘』
そう言って私の頭を優しく撫でたのは少し陰のあるイケメンさんだ。
誰この人。
そうか、賢者様なんだね。
「あご髭は無い方がかっこいいと思う」
『ははは、恋人と同じ事を言う、ではな小娘』
男性の姿がスーっと消えていく。
ああ、やっぱりこういうのは少し寂しいな
私は目からこぼれた涙を拭いた。
こんな寂しい谷で命を終えたんだね、無念だったんだね、二百年間辛かったね、リッチ……いえ賢者様。
お疲れ様、天国でゆっくりするんだよ、安らかに……
彼が消えた時の光の粒に黙祷を捧げる。
もう谷には瘴気は無い。
「逝っちゃったねガイコツのおっさん、何だか憑き物が落ちたみたいな顔をしていたね」
まあこの谷の憑き物本人だったんだけどね。
「一体何が起きたんだ! やっぱりリンはすごいよ! リッチを説得して国を救っちゃうなんてさ!」
いえ私ハンバーグステーキを食べていただけなんですけど。
それどころかハンバーグを食べている間は、リッチや国の危機の事なんかキレイサッパリ忘れていたんですけど。
次回 「モブパーティー、おかしな伝説になる」
リン、いつの間にか囚われの姫になる




