第38話 国がポンコツ化しつつあるらしい
「ははは、悪かったなお嬢ちゃん。あんた可愛いからこれサービスだ」
割烹着のおじさん――もう正直誰かわからない――からゆでたまごを貰った。
可愛いとこうやってオマケが貰えるのよね。美少女バンザイ!
「あんちゃんたちもモブ顔だから、ゆでたまごサービスだ」
どうやらモブ顔である事にも恩恵があるらしい。
フィギュアちゃんが貰ったゆでたまごを抱えて食べている、微笑ましい風景だ。
「あなた方は冒険者ですかな?」
後ろから声をかけられて振り向くと、白いおヒゲのお爺さんが立っていた。
「あなたは何屋さんですか?」
「ほっほっほ、ワシはこの村の村長でしてな。村名物の割烹着コントは楽しんでもらえましたかな」
全力で楽しませて頂きましたとも、ええ。
「実はあなた方冒険者に依頼がありましてな、引き受けてはもらえませんかな。この先の村に勇者パーティーが来ていると聞いて、使いを出そうかと思っていた所だったのだが」
そんなものを召還されてはとても困る。
割烹着で力を使い果たした私は今、勇者パーティーにはとても太刀打ち出来ないからだ。
くう、戦いで私の魔力が枯渇したわ!
ってああ、言ってみたいなあこんなセリフ。みんな無駄に怪我しないからなあ。
「私たちでお役に立てるのなら。いいよねリーダー」
「うん、とにかく話を聞いてみよう」
「では今から村役場にご足労願えますかな、それとここの支払いは結構ですので。すまんが支払いは副村長のツケにしておいてくれ」
「へーい村長」
あなたが払うんじゃないのね。
村長さんに連れられて村役場に入ると、不思議そうな声が聞こえてきた。
「おかしいなあ、最近俺のツケと食事代が合わない気がするんだ」
ご馳走様でした副村長さん。
村長さんの案内で奥の部屋に通されソファーに着席すると、お茶とお菓子が出された。
早速フィギュアちゃんがお菓子に抱きつく。いいなあ、私も一回抱きつきながらお菓子を食べてみたい。
「この村の近くにある谷に最近魔物が出ましてな、この村は今とても危険な状況にあるのです」
その割には随分と余裕を感じられましたけどね、あの食堂とか。割烹着コントなんかやってる場合じゃなかったのではないのだろうか。
「魔物というのは何かわかりますか?」
「それがリッチでしてな」
「なるほど、それは危険ね」
村長はじっと私の顔を見ている。
緊迫するのもわかる、リッチといったら超危険な高位アンデッドだ。過去には国を滅ぼした実績もある魔物なのだ。
「なんですか村長?」
「いや〝金持ちが!?〟みたいなボケはやらなくていいのかなと」
もう割烹着騒動で疲れ果てたのよ、勘弁して欲しいのよ。
村と国が亡ぼうって危機に余裕持ちすぎでしょうこの人たち。
「苦しい時ほど楽しく、ですな。弱気になったらひまわりに笑われますからな」
まあ嫌いじゃないけどね、こういう村。
「そのリッチはどのような素性なのかわかりますか?」
リーダーのこの質問も重要だ、リッチは元人間の成れの果てなのだから。
どのような人物だったのか分かれば、対処の仕方もあるかもしれない。
リッチというのはレベルの高いアンデッドだ。元の人間が能力の高い存在だと、リッチになった時にとてもやっかいな魔物になる。
どうかその辺の生臭坊主やヘッポコ僧侶、ポンコツ司祭でありますように。
「村の言い伝えによりますとな、今から二百年前にこの国を襲った邪神がおりましてな」
ふむふむ邪神とな、でも邪神はリッチにはならないよね。
邪神がポンコツ司祭でも屠ったのかな。
「その邪神を討伐したのが伝説の賢者様でな。倒した後で用済みになったその賢者様を、王様がこの近くの谷に落として生き埋めにしたそうな」
全くろくな事してないわねここの国の王族は。やっぱり王侯貴族には近づいちゃダメね。
ああ、なんだか嫌な予感がしてきた。
「その賢者様が最近リッチとして蘇ったという事ですな」
うわあ……それ完全にアカンやつだ。完全にこの国に復讐して滅ぼしに来てるやつだ。
「賢者様が谷に落とされる時に、王族や貴族、兵士や民衆たちがゲラゲラ笑っていたそうな」
もうやめて! この国のヒットポイントはもうゼロよ!
「一緒に冒険した仲間たちや賢者様の恋人も、ゲラゲラ笑っていたそうな」
もうこの国滅ぼされても仕方ないんじゃないかな?
「随分とんでもない事実を知らされた気がするんだけど。それだけの事をされたら恨みの念も相当のはずよね」
「うん、伝説の賢者様なんていう高位の存在が、有り余る復讐心でリッチ化したのなら、もう誰の手にも負えないと思うよ」
「近くに来ているという勇者パーティーでもですかな?」
最近のあいつらからは、ポンコツ臭しかしないんだよねえ。
幸運の女神様とやらに見放されたらしいから、アレンタ君たちじゃ死ぬわねきっと。
「うむ、たまたま朝ご飯を食べに来ていた聖女様も『こんなんあかんわ浄化は無理ね』って帰ってしまう始末でな」
聖女様もやったのだろうか、割烹着コント。
「朝ご飯の後、とてもお疲れのご様子でしたので、相当リッチの危険性に気落ちしておられたのでしょう」
私は知っている、聖女様が疲弊した本当の原因を知っている。疲れ果てた私がその証拠だ。
「なんでそんな物が突然蘇っちゃったのかなあ。もしかしたらこの国も、ツキとか幸運の女神様とやらに見放されたんじゃないのかな」
「知っとりますぞ、〝光の存在〟に見限られたら、国がポンコツ化するという伝承ですな。数百年単位だかで現れるという」
何それ。〝光の存在〟? そんな大それた何がしがいるんなら、リッチなんかさっさとどうにかしろっての。全く、使えないわね。
「聖女様もおっしゃっておられましたな、王都では王子様の宮殿が二つに折れたとか、王子様が落馬したついでに馬に蹴られて肥溜めにストライクインしたとか」
何やってんのあの人。宮殿が折れたって枕じゃないんだから。
「国が傾き始めると、リッチみたいな輩が空気を読んで出てくるのかも知れませんなあ、あっはっは」
「あははは……」
でも笑いごとじゃないんだよねえ。
しわ寄せが押し寄せるのは全部平民のところなんだから。
「どうするリン」
「私は谷に行ってみるよ。どうせ太刀打ちできないだろうけど、聞いてしまった以上は放置できないよ。絶対夢に見て不安になるもん」
「死ぬかも知れないよ? 逃げるという事もできるけど」
そう、このまま国を出ておさらばするという選択もある。
「でもだめだわ。幻覚ちゃんや妖精さんたちの笑顔が浮かぶよ、それにカナやカリマナが、リッチの復讐の巻き添えで殺されるなんて絶対に捨て置けないわ。私は行くけど皆は逃げてね」
「リンが行くのなら僕たちも行くよ。リンのパーティーだからね」
「私も行くー」
「みんな、いいの?」
メガネ君とモブ太君も頷いてくれる、フィギュアちゃんもにこにこ笑顔だ。
私はいい仲間とめぐり逢えたね。
よし行こう! 今度の相手はリッチよ!
次回 「死の谷でリンを右に」
リン、オバケが怖くて目が開けられない




