第34話 王子が宿屋にカチコミに来た!
「今調査に行った職員が戻って来て確認が取れました。本当にコカトリスを退治してしまうなんて、驚きの言葉しか出ないです」
まさかのDランクパーティーの快挙に、冒険者ギルドの受付のお姉さんも驚きの顔を隠せない。
なんせこのギルドにいた他の上位パーティーが、尻込みしていたモンスターである。
それこそ勇者パーティーでも訪れないかなと、運を天にまかせて待っていた所だったらしい。
ギルド内にいる他の冒険者たちの視線が熱い、かなりこちらを気にしているようだ。
特に私に注目が集まっているみたい、そうでしょうそうでしょう、コカトリスを倒した美少女は目立ってしまうものなのよ。
「泥棒がいるぞ」
「通報した方がいいんじゃないか」
「だから乙女のオシャレだって言ってんでしょ!」
「まあまあリン落ち着いて」
頭に装備していたほっかむりを取ってぷんすかしだした私を、モブ男君が宥めてくれる。
飴をくれたんだけど、私は子供かっ――ああ、あまーい。
「私も、私も飴舐める」
フィギュアちゃんも飴を貰って舐めだした。
大きいので頬張れずに丸い飴玉を両手で持ってペロペロしてるよ、くそ、いちいち可愛いな。
「いったいどうやってコカトリスを退治したんですか」
あ、それ聞きますか。やっぱり聞いてしまいますか受付のお姉さん。
いや、手鏡とかそんな馬鹿馬鹿しい方法は恥ずかしいので、パーティーの皆には秘密にするように伝えてある。だから我がパーティーの恥部は漏れる事は無い。
「まず、姫のパンツを棒に付けたブヒ」
「花柄ですね」(メガネくいっ)
私の恥部が漏れた!
「そっちの説明の方がもっと恥ずかしいからやめて!」
しまった、全部守秘にすべきだった。
「なるほど、パンツですか。是非そのパンツを町宝として代々伝えたいので、お譲り頂けませんか」
「お断りします」
「それは残念ですね、いい観光資源になると思ったのですが。ところで、報酬のお話ですが」
危なく観光資源にされる所だったよ私のパンツ。
因みに私たちはコカトリスの玉子奪取の依頼しか受けていない為に、報酬はその分しか出なかった。世の儚さである。
「それはそれ、これはこれ」
笑顔で答える受付のお姉さん。
まあ、ちゃっかりしてるギルドだこと。
その代わりにと気前良くくれたコカトリスの玉子を、早速料理して食べてみたんだけど。
腰が抜けるくらい不味かった。私とフィギュアちゃんがガン泣きするくらい不味かった。
あの受付のお姉さんは、絶対玉子の不味さを知ってたよね。どこまでも侮れないギルドだ。
メガネ君は早速ノートに記録したようだ。
なになに、その時の腰が抜けた私の腰の角度はって、玉子について記録しなさいよ! また犠牲者が出ても知らないわよ!
「玉子でもいい稼ぎにはなったよ。僕たちはクロスボウの矢とか携行食糧とか補充品を見てくるから、リンは先に宿屋に戻ってていいよ」
「りょうかーい」
謎の枕が展示されている中央広場を大きく迂回して宿に戻る。
またホラー王子に異常接近したらたまったものじゃないからね。
部屋に戻った私はもうぐったりである。
はあ疲れた、ベッドにダイブしたいけどまずは洗濯だよね。
手旗にされた我がパンツを元の状態に戻すのだ。
パンツは洗濯した後で部屋に干した。
「外に出した方が早く乾かない?」
フィギュアちゃんが胸元で聞いてくるけど、下着を男の人たちの目がある外に干すなんてとんでもない話だ。フィギュアちゃんにはまだその意味がわからない。
だってそんな事をしたら、外の埃が着いてしまうじゃないか。
それにしてもこのパンツ、危うく町宝になるところだったんだよ。危ない危ない、何よ町宝って。
パンツを大々的に飾られて拝まれるとか軽く死ねるわ。枕どころの話じゃない。
「大変! 大変! リンお姉さん大変!」
慌てた幻覚ちゃんが部屋に飛び込んできたのは、一仕事終えた私がベッドに飛び込んだ時だ。
「リンお姉さんの部屋は何処だって、王子様が下に来てる! 今お父さんとお母さんが対応してるけど、すぐにここに来るよ!」
「なんですとー!」
一瞬でベッドからビヨーンと跳ね上がった。
あわわわ! もうここにいるのがバレたのか。コカトリスなどという危ない物を倒したら、王子も注目の一つもするかそりゃ。
冒険者ギルドでほっかむりを取ってしまったのもまずかったかな。
「二階の奥に非常階段があるから案内するよ! こっち!」
大慌てでリュックを掴むと部屋から脱出!
私が非常階段に飛びついた時に王子が下から上がってくる音が聞こえた。
正に危機一髪である。
地上に降りると私たちは一目散に走った。あっという間に宿屋〝樫の木の宿〟は見えなくなる。
ここまでくれば安心かな。
「二人とも大丈夫?」
「楽しかった! 鬼ごっこみたい!」
「今度はリンが鬼だよ」
いやいや鬼ごっこしている場合じゃないから。私からしたら捕まったら処刑が待っているのだ、正に相手は鬼である。
今頃王子は私の部屋のドアを開けている頃だろう。
しかし残念、その部屋はもぬけの殻なのだ、何一つ残ってやしないのである。
あっはっはっはっ、ざまーないわね!
「ねえリン、干してたパンツは回収しなくて良かったの?」
ああああ、笑顔のまま腰が抜けた。
「リンお姉さんの下着は、王子様が帰った後で私がこっそり回収しておくよ」
もう私は宿屋には戻れない、目の前の小さな女の子だけが頼りである。
王子め、私にここまでのダメージを与えるとは、コカトリスより強敵じゃないの。
さすが王侯貴族ね、恐ろしい。
「ありがとう、恩に着るよ」
「同じ釜のモグラを食べた仲じゃない、私はリンお姉さんの味方だよ」
モグラ仲間は鉄の姉妹だっけ、兄弟だっけ。
幻覚ちゃんに励まされて町の門の所まで来る、緊急事態の時はここでパーティーと待ち合わせるようにしてあるのだ。
問題は……
モブ力を発揮している人ごみの中の彼らを、私が見つけられない事なんだけどね。
「ねえ彼女、今暇? 良かったら俺と――」
「やっと来たわね、あれ? 一人だけなの? 他の二人はまだ買い物?」
「え? あの」
「違うよリン、この人はモブその四だよ。この町の野良モブだよ」
もう! 紛らわしいから野良モブの人は話しかけて来ないでもらえるかな!
今は全く余裕がないのよ、私の命がかかってるんだから。
「の、野良モブって……」
落ち込んだ町民が去っていくのを見送る。
美少女にモブ扱いされたキミの辛さはわかる、けど強く生きていってね! あとごめんね!
「美しいお嬢さん、是非吾輩と食事でもどうですかな?」
「今は食事してる場合じゃないのよモブ男君」
「違うよリン、この人はモブその五だよ。この町のハゲモブだよ」
また違うのか! 今はそれどころじゃないんだってば!
「ハ、ハゲモブって……」
強く生きるんだよおじさん! あとごめんね!
「ヘーイ彼女!」
「違うよリン、この人はモブその六だよ。この町の軽薄モブだよ」
「お嬢ちゃん、ちょっとお話いいかな」
「違うよリン、この人はモブその七だよ。この町の鼻毛モブだよ」
モブセンサーフィギュアちゃんのおかげでなんとか間違わずに済んでいる。
ちょっと辛辣なモブセンサーだけど、みんなごめんね。
「あーいたいた、宿で旦那さんと奥さんから事情は聞いたよ」
また来たよ。さっきからこれで十五人目だよ。
女の子が立ってると、吸い寄せられるように来るよねこの人たち、私は磁石かなんかなのかな。
十五人のうちの二人は幻覚ちゃんに声をかけていたわけだけど、通報した方が良かっただろうか。
「違うよリン、今回は正解だよ。パーティーの身内モブだよ」
「身内モブって……」
なるほどリーダーのモブ男君だった。
私のモブ道はまだまだ極めるに至っていないようだ。
次回 「逃げた先に勇者パーティーがいやがった」
リン、絶体絶命の危機




